地球のステージスタッフによる日誌です。その日の公演の様子や、なにげない毎日の様子をお伝えしていきます。
みなさんどんどんコメントをお寄せください。ステージに関すること、広く伝えたいことなど書き込んで、つながりの輪を広げていきましょう。

それでもできることをやっていこう

2017.07.26 Wednesday

今日は珍しく朝から暑い1日でした。

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 今は乾期の東ティモール。朝晩は冷えるほどの時期なのですが、風も強く、どんどん気温が上がっていきました。こんなところにも異常気象を感じたりします。

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 朝のダン先生には特に変わった様子もなく、普通に巡回診療に入っていきましたが、ここへ来ていろんなことが見えてきました。

 オーストラリア人の理事会メンバーは、やはりダンの年齢が70歳を超えていて、そろそろ世代交代をしなければならないのに、頑なに今のやり方を守り続けていることに危機感を抱いているようです。だからもちろんこの病院をつぶしたいのではなく、「変革の時」を持ち込みたいわけです。でもダンは変革ではなく、維持を求めている。お互いの正義が折り合わない事態です。

 往々にして医師は「生涯現役」を目指します。先頃亡くなった日野原先生も100歳を超えてなお「現役」を主張されていました。ある意味「定年のない職業」であるから、ダンもまだまだやれると思っているのだと思います。

 一方で、昔の古い診療知識でしか対応していないという批判もあります。確かに1日300人以上の患者さんを診て行くには、単なる風邪に対しては1分以内で診療を終わらせる必要があります。それは傍で見ていると「真面目に診ていないのではないか」となりがちですが、大切なことはスクリーニングです。

 つまり「これは放っておいてはならない」という患者さんを見分けて、そうではない患者さんには短時間に、そうである患者さんにはしっかりと時間をかけて診ていかなければとても対応しきれないのだと思います。

 そこにダン先生なりのポリシーがあるのでしょう。

 

 でもJICAとしても人件費を払うようなスキーム(枠組み)はないという、当然の意見なので、日本からの大きな支援は難しいと、ダンに伝えなければなりません。

 一方で今回の「閖上の記憶」でもそうですが、やるだけやったらそこで道が見えてくるということがあります。ダン先生にも、こちらがやるだけやっていることを理解してもらえるような動きをしていきたいと思います。

 

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 乾期の東ティモールは、空も海も美しい。

 明日からはグレノに移って、保健ボランティア(PSF)のみんなを対象とした能力強化研修。2日間、60人を超えるPSFと切磋琢磨できればと思います。

 

 今週末はJICAの理事長が東ティモールにいらっしゃいます。そのレセプションに招待されたので、急いで靴を買いにいきました。いつもの泥靴ではまずいですからね。

 懇意にさせていただいている現在の山本在東ティモール日本大使もおいでになるとのこと。そんなレセプションになるのか、楽しみです。

 

桑山紀彦

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バイロピテの危機

2017.07.25 Tuesday

バイロピテ病院が危機に瀕しています。

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 1999年からここを続けてきたダン先生は名実共に、このクリニックの院長。この18年間ひたすら日々の診療、地元医療従事者の育成に尽くしてきました。

 今はオーストラリアの団体がずっと資金的な支援をしてきたのですが、どんな諍いがあったのか詳細はわかりませんが、昨日の理事会でダンの辞任を求めてきました(どこかで聞いたような話だ…)。

 ダンが辞めるのであれば資金支援は続けるが、残るのであれば資金支援は打ち切る、と。

 昨日の話し合いは決裂。ダンは慰留を主張し、それに従ってオーストラリア人の理事たちは資金の打ち切りを決定しました。いつまでは支援するのか、今日明日で最終的なスケジュールが決まるとのことです。

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 朝の診察時からダンはいつものように振る舞っていますが、内心はとても不安なのでしょう。「日本からの支援の可能性はないだろうか…。」

 珍しく弱気です。

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 頃合い悪く、「閖上の記憶」の支援に関して、復興庁にお願いしていた申請は今日「不採用」が通知されました。不採用通知の中に、

 「審査の過程では、自治体でも震災遺構に関する取組を行っているため、団体の取組についても、市の事業として行っていく時期に来ているのではないか、といった議論がありましたので、今後、お考えいただければと思います。」

 とありますが、名取市が全く動かないので民間の私たちが必死にやってきたことが理解されませんでした。

 

 一体どうなっているのでしょうか。

 「無常」の言葉がアタマを駆け巡ります。それは「無情」(=情けのないこと)ではありません。「無常」(=常ならざること。常に移り変わり、変わらないことはないということ)です。

 ダンにとってのバイロピテも、私たちにとっての「閖上の記憶」もたくさんの人たちに支援されてきているのに、こういった大きい支援はばっさり切られたり、不採用となります。

 私欲のためでなく、あの人のために、この社会のためにと思いながら活動を続けていても、こうして「ばっさり」です。

 

 でも思います。僕たちを支えてくれているのは国でも自治体でも財団でもない。一人一人の皆さんの「気持ち」なのだと。だから市民活動をやっているのだと改めて自覚する思いでした。

 だから補助金が落ちても、助成金がつかなくても、私たちは一人一人の人間の「厚意」や「気持ち」に支えられていることに自信を持とうと思いました。

 

 「閖上の記憶」はある意味絶体絶命です。でも、少なくとも来年3月までは慰霊碑の社務所として頑張って運営していきます。皆様のご厚意は郵便振替となって、カード決済として続々集まってきています。新しいパンフレット「閖上の記憶〜”閖上空撮〜あの空を忘れないDVD付録」も売れに売れています。

 

 ダンのバイロピテ診療所支援については、まずできることを共に模索いこうと思っていますので、ご心配なく。二重に募金をお願いしたりしませんから!

 

 そんな中でJOCV(青年海外協力隊)の長壁さんのカウンターパートナー、セレステに逢いに行きました。

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 2000年1月、バイロピテ病院に初めて入った僕は、当時事務長だったセレステに支えられ、活動させてもらいました。優しいセレステは僕の担当みたいになって、いろいろと教えてくれました。それから5年間、ずっと一緒にバイロピテに関わってきたセレステ。今は保健省の高いポジションで働いています。そして長壁さんのパートナーになっていました。

 こうして人と人とのつながりの中で生きてきた自分。たとえ助成金が落ちようとも、補助金が不採用になろうとも、できる限りのことをやっていく。それはお金には換算できない、大切な人と人とのつながりこそがこの世で一番価値あるものだと信じているからです。

 

 今年は本当にきついことばかりだけれど、乗り切っていかなければなりません。ぜひ「地球のステージ」と共に、「支援とは何か」「生きるとは何か」を一緒に考えて行きましょう!

 

桑山紀彦

 

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レテホホ村へ

2017.07.24 Monday

今日はSISCa(包括的保健サービスシステム)の1日でした。

 私たち「地球のステージ」は外務省からNGO連携無償資金援助(ODA)の締結を経て、このハトリア郡の10地域でSISCaを支援しています。

 基本的にはこれ、その群の保健所が中心に行っている国のシステムなのですが人員、人材不足などでなかなかうまくまわっていないので、私たちNGOが支援しています。

 今日はレテホホ村。ここは東ティモールコーヒーでとても有名な地域です。

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 朝、運転手のサビーヌが諸般の事情で来られなくなったので、必然免許のある桑山がこのレテホホ村までの運転をすることとなりました。キロ数では70キロほどですが、約3時間半ほどかかります。屈強なTOYOTAのHILUXの最新型であっても、車体がばらばらになりそうな道を進んでいきます。

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 するとレテホホに入った瞬間から山肌は天然のコーヒーの樹で埋め尽くされているではないですか。これはすごいことです。まるでコーヒーの樹の森です。良質のコーヒーが天然の中で育ち、肥料など一切ないオーガニックなコーヒーがそこに実っています。恐るべしレテホホ。やっぱり東ティモールのレテホホコーヒーが美味しいはずです。ちなみに「閖上の記憶」で出す予定のコーヒーはこのレテホホコーヒーですので、「閖上の記憶」にお寄りの際は、ぜひコーヒーをご注文下さい!

 

 そしてSISCaの現場に着きました。

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 いつものように手際のいい、我が「地球のステージ」スタッフ。その中心にいるアイダはもうこの仕事を始めて9年目。ますます医師としての風格が出てきています。

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 ところがその傍らで、政府が派遣した医師たちは相変わらず聴診器など一切使わず、患者さんにくしゃみ鼻水、咳などの様子を聞いて、ただひたすらパラセタモールを出していきます。これは消炎鎮痛解熱剤。途上国であればどこにでもあります。全く「診察」ということをしないので長いこと問題なっていることです。

 今日の巡回診療に保健所が持ってきているお薬は大人用に6種類、子ども用に2種類、そして軟膏1種類。つまり合計9種類のお薬のみ。これは現場的には仕方ないこととは言え、せめて聴診器を当てて、胸の音を聴こうよ…、と毎回願いますが本当にこのキューバ仕込みの医師たちはただ黙々問診だけでさっさと処方を書いて、次から次へと患者さんを終わらせていきます。

 でもそんな中にいて、一人黙々と聴診器を当てる医師がいました。

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 ジェフェリーノ医師。

「僕は2013年にキューバから帰ってきて、この国で医者になりました。

 この薬の少なさには、驚くことでしょう。でもこれが今の現実です。僕たちは国から”あそこの村へ行け”と言われて断ることも許されず、そこへ配置になります。代わりの医師が来るまで、どのくらいそこにいればいいのかもわかりません。ここに来る前はマリアナにいました。

 ただただ不安の中でこの仕事をしています。誰も何も教えてくれないから…。」

 今度来たときは小外科を教えてほしいと言うジェフェリーノ医師。若い彼らに伝えることはたくさんあると感じる日々です。

 帰りも、コーヒーの森の中をハンドル握り、まずは事務所のあるグレノに戻りました。

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「Hau hanalak trocka nia naran Driver K la Doctor K(これからはドクターKでなく、ドライバーKと呼び名を変えてくれ)」

 で多いに笑いを取りました。

 乾期の美しい夕陽がディリの海に沈んでいきます。

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桑山紀彦

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日曜日、バウカウまで

2017.07.23 Sunday

今日は日曜日。東ティモールもカトリックの国ですからみんな教会に行きます。

 アイダやサビーヌを付き合わせても良くないと思うし、この機会にもう29人になっている青年海外協力隊のみんなとの交流を深めたいと思い、まずは旧知の長壁さんをお誘いして、鈴木さん、宮田さんと共にバウカウを目指しました。

 

 東ティモール政府が発行した正式な免許証を持っている桑山は、外国人ですが正規の運転ができます。今日は120キロ離れたバウカウを目指しました。その道すがらの「北海岸線」が美しいからです。でも今は乾期。田んぼに水はなく、残念な光景ばかりでした。

 でもその道中は現役協力隊員3人と一緒ですから楽しいのなんの。オフロードの疲れもなく、あっという間にバウカウについてしまいました。といっても3時間半、運転しっぱなしですけれど…。

 そしてバウカウ在住のもう3人の協力隊、小林さん、高橋さん、トランさんの3人と合流しみんなでご飯を食べました。やっぱり協力隊はいいですね〜。なんか元気が出ます。

 そして高橋さんのオームステイ先にお送りするついでにそこでドローンを飛ばしました。やっぱり国際協力の現場にはドローンっていいですね。

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 そして帰路もまた120キロ。ディリに着く頃には真っ暗になってしまいましたが、これからの協力隊の活躍に多いに期待できる出逢いでした。

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 今協、力隊訓練所の定期公演は選択制の講座となってしまい、今後この東ティモールに赴任する協力隊の人の中にも、

「え?オレ見てない」

 という人が出てくる可能性があります。めげないで広報に気を入れていこうと思っています。

 協力隊2次隊として訓練が始まった皆様、どうぞ、選択講座「地球のステージ」においで下さい。

 

桑山紀彦

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東ティモール入国

2017.07.22 Saturday

先ほど東ティモールに着きました。

 アイダと運転手のサビーヌが笑顔で出迎えてくれました。ほぼ1年ぶりです。

 乾期の7月は比較的過ごしやすく、雨も少なくて気候も温暖。山は枯れ始めて赤茶色になってきています。

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 今日のディリ市内はクルマもほとんど走っておらず本当に静か。そう今日は議員選挙のまっただ中なのです。こんな静かなディリも久しぶりですね。

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 街角の投票所にはたくさんの人が集まっていました。みんな自分の地域の議員を選び、国政に送り込もうとしているのです。

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 今日、明日とそんなにすることもないので今回、外務省のNGO連携無償資金援助(ODA)で購入した2台目のハイラックスを洗いました。皆様の税金がこういう形で世界の現場で形となって使われています。大切に使っていかないと、あの山道の悪路では3,4年で新車もダメになってしまうので、とにかくメンテナンスには気を遣います。泥を落とし、常にホコリを落とすことも長持ちのためには重要なことなので、10ドルかけてあらゆるところまできれいにしてもらいました。街角にはこういった丁寧な手洗いの洗車場がたくさんあります。

 月曜日はこのクルマに乗って片道4時間近いレテホホの現場に出かけます。コーヒーの産地として有名なレテホホですがアクセスは容易ではありません。

 クルマはこの活動の命なので、気をつけながら前に進んでいきたいと思います。

 

桑山紀彦

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