地球のステージスタッフによる日誌です。その日の公演の様子や、なにげない毎日の様子をお伝えしていきます。
みなさんどんどんコメントをお寄せください。ステージに関すること、広く伝えたいことなど書き込んで、つながりの輪を広げていきましょう。

ジャラゾーンのナセルさん

2016.05.22 Sunday

ナセルさんは、ヨルダン川西岸、ラマラの街の外れ、ジャラゾーンの難民キャンプに多くの活動地をもつカウンセラーです。

 今、「地球のステージ」はこのヨルダン川西岸で心理社会的ケアの展開を考えていますが、ナセルさんは昨年3月に急逝した我が盟友、ダルウィーッシュの友人でもあり、この西岸における子どもたちのこころのケアに多くの実績を持つ人物です。

 今日はナセルさんの団体、NAFS(ナフス)を訪ねその詳細を話し合いました。
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「このジャラゾーンの難民キャンプはすぐ近くにイスラエル人の入植地があるので大変です。道に沿って走る”分離壁”。それはまさに人間の心を引き裂く壁でもあります。
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 そんなジャラゾーンでは常に兵士との接触が絶えない。この2年間で200人以上の子どもたちがゴム弾、催涙ガスなどの被害に遭い、常に兵士に連れ去られる恐怖にさらされています。
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 確かに子どもたちは大人の真似をして投石などの反抗的な態度に出ます。それに対する制裁としての威嚇、暴力、拘束、逮捕、拘留が日常的にまかり通っています。あの壁に描かれている少年、彼は12歳で殺されました。

 人間としての尊厳を踏みにじられて育つ彼らの心に歪みやトラウマ、そしてPTSDを発症させてはなりません。」

 そんなナセルさんの息子は国連学校の先生をしていましたが、4ヶ月前に突然の拘束、逮捕、拘留を受けたままです。

「息子の逮捕は全く裁判を経由しない、一方的なものでした。法治国家のはずなのに、そんなことがまかり通る。それが今のヨルダン川西岸です。」

 ご自身も大変な思いを抱えながら、それでも笑顔を絶やさないナセルさん。そんなナセルさんに聞きました。

「私たちがガザで展開してきている心理社会的ケアは、1年にわたって繰り広げられるものであり、非常に系統立ったものです。今までのナセルさんやNAFSのやり方と合わないときがあるかも知れません。」

「いえ、私たち人間は常に学び、成長するべき存在です。自分とやり方が違うといって拒否するのでは人間の成長はあり得ません。新しい出逢い、新しい試みこそが私たちの成長を促し、豊かになっていくためのきっかけとなるのです。是非、一緒に活動しましょう。」

 幾多の困難に遭い、いや幾多の困難があるからこそ寛容になり、人とのつながりを最優先する。まさに苦境を生き抜くパレスチナ人の生き様がここにもありました。
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 空爆や国境での銃撃戦がトラウマとなるガザ地区と、日常的に兵士に責めてこられるヨルダン川西岸。ニュースには出ないかもしれないけれど、日本では考えられないような困難が日々降りかかってきます。

 それでも人は生きていく。

 いま、「地球のステージ」はガザでの経験を活かし、このヨルダン川西岸での活動を真剣に考えています。もちろんガザの活動も継続。より一層の活動の拡がりを支えるには、やはり「地球のステージ」を応援してくださる皆さんの気持ちが一番大切です。

 また逐次報告していきますので、よろしくお願いいたします。

桑山紀彦

 

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エルサレム旧市街

2016.05.21 Saturday

今日は土曜日、イスラエルは完全に休みに入り、バスも動かなければスーパーも開いてません。

 だから活動は全く休止で、今日は久しぶりの休日。

 3月11日の「追悼の集い」に始まった激動の時期は、引っ越し、開業、熊本地震、東ティモール、パレスチナと続き、3日と同じ場所で寝たことがないまさに「難民」状態の日々が続いています。もちろんここエルサレムも「地球のステージ」エルサレム事務所に寝泊まりしているので、またまた3日と同じところに寝たことがない日々に変わりありません。

 それでも今日は2時間ほどエルサレムの旧市街を明ちゃんと歩きました。

 最近「地球のステージ」公演に続いてそのまま高校生の皆さんと座談会、交流会に入ることが多いのですが、そこで結構良く出る質問に、

「今まで訪問した世界の国々の中で、どこが一番好きですか?」

 というものがあります。僕は決まって、

「国ではないけれど、一番好きなところはエルサレムの旧市街です。」

 と答えています。理由は、

「この小さな世界遺産の街の外では憎しみと争いが絶えないのに、この小さな街の中では本来争っている国ものもの同士が普通に肩すれ違わせて暮らしている。人間やればできる!と思わせてもらえるそんな街だから。」
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 5月のすがすがしい空気の中、いつものように、アルメニア食器屋さんのファジールさんを冷やかして、土産物屋のスレイマンさんに挨拶をして、イエスが磔刑に処せられたゴルゴダの丘にたつ聖墳墓教会にお参りをして、イエスが十字架を背負って歩かされたビア・ドロローザを逆に歩き、アラブ人のスーク(市場)で、ステージ用の白の衣装と、日本では全然売っていなくなった色つきのブリーフ(パンツ)を買い、ダマスカス門にタッチして、戻る道の途中で先出のファジールさんの食器屋で買い物をして、最後はヤッフォ門まで帰るというルートで歩きました。
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 やっぱりエルサレムはいい。落ち着きます。
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 それでも今日はそのアルメニア食器屋のファジールさんがどうも僕が買った食器の値段に「ふっかけ」をしているように思えたので、息子が開店した宝石屋に行ったときに値段を正して、まず350シェケルが280シェケルになったのはいいのですが、昼ご飯食べている間もずっと、

「こんなに長く付き合ってきて、食器をいっぱい買ってきたのに、なんか絶対僕にふっかけているんじゃないか?いつも何も言わないで買ってしまっていることも良くないのかもしれない。」

 という思いがぬぐい去れず、もう一回ファジールさんの店に行ってはっきりと、

「ねえ、今回の食器の値段、ふっかけてない?」

 というと、ファジールさんなりに考えて、

「わかった。でもこれは価値あるものには間違いないんだ。それでも他の人にはディスカウントしていたのに、君には高めの値段で言ったのは本当だよ。これからもいい友人でいたいので、この値段にするけどいいかな?」

 そして値段は230シェケルになりました。350→280→230…。

 僕たち日本人は駆け引きが始まるとついつい抑えがちで引きがちだけど、言うべきところは言う方がお互いの関係の正常化のためにはいいと思うのです。長い付き合いのファジールさんだけれど、今日ははっきりと意見が言えて良かったと思いました。もやもやした関係を続けるよりも、しっかりと自分の思いを伝え、相手の思いも聞いて結論を出すことがよほど前向きだと思いました。

 こんな出逢いとやりとりがあるエルサレム旧市街。

 初めてこの旧市街を訪れたのは医学部の6年が終わって国家試験の結果を待つ1ヶ月半、ヨーロッパと中東をとぼとぼ歩き続けた中でたどり着いた24歳の4月。もう30年近く前になります。まさか13年前からガザに関わり、2年前にはそのエルサレムに事務所を置くことになるなど考えてもいませんでしたが、人生はこうやって続いていくんですね。

 ちょっと緊張したけれど、本音が言えて良かったエルサレム旧市街での出来事でした。

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私には物語がある。あなたには?

2016.05.21 Saturday

今回映画上映会でお世話になったのは、Fekraというガザの芸術家集団でした。
 Fekraは2001年にラスミ・ダモ氏によって設立されましたが、主にアニメーションによる物語作りと、舞台劇の2本立てで心理社会的ケアを実践している団体です。実際に会うラスミさんはとってもキュートなミドルエイジ。何かにつけ「賛成」という意思表示をウインクで出してくる、いかにも芸術で生きてきているという人物です。すぐに意気投合しました。
 彼は、僕がノルウェーのオスロ大学で心理社会的ケアを学んだ頃、ヨーロッパに住み心理社会的ケアを学んでいました。あの1990年代中版はヨーロッパ中が心理社会的ケアのブームに熱くなっていたのです。彼は隣のスウェーデンにいたようです。
 ラスミさんが言いました。
「君のコンセプトには恐れ入ったよ。この厳しいガザの現実をフィクションで描いてくる。でも考えてみれば主人公のファラッハの物語は現実であり、ドキュメンタリーだ。こういったフィクションとドキュメンタリーを混ぜてくる手法、僕は大好きなんだよ!(ここでウインク1回)
 でもね、いくつか残念なところがあったな。まずは、ギターだ。
 このアラブではああいったギターの挿入曲はウケないよ。アラブ、特にパレスチナ人の心にぐっとくるのはリュートだ。知ってる?ギターの祖先だ。これが効くんだよ〜(ここでウインク2回目)。
 そして一番思ったのは、最後の老人だ。
 それまでの大人たちは「大切なもの」として「祈り」「大地」「努力」「勇気」と答えてきた。そして登場する謎の老人、いいね〜、この演出(ここでウインク3回目)!でもね、彼が答えた「心」はどうかなあ。ちょっとインパクトが少ないなあ。やっぱりここで伝えてほしいのは「人間」だった、僕的には。
 やはり多くの困難を経験しているパレスチナ人は常に、「人間とは何か」という大きなテーマをもっている。空爆をする人間、苦しむ人間、祈る人間、努力する人間。全ての出来事はこの”人間”という存在の不可思議さに帰結していくのではないだろうか。その意味では老齢なるあのおじいさんが出てきたときに、僕は「人間、この不可思議なもの」という問いかけをしてほしかったよ。
 君は医師だ。映画監督ではない。もちろん芸術家でもないだろう。しかしそんな医師としての君がこの芸術の分野でこの映画を創ったことを誇りに思う。だから、もちろん埋めたい穴もあったんだ。僕はこうして常に苦言を呈するから嫌われてしまうけれど、この意見を参考にしてほしい(ここではウインクはなく、目の奥が深くなりました)。」
 なんと素晴らしい出逢いだろう、と思います。
 この映画を「良かった」と言ってもらうことで、ずいぶん自信がつきました。でも大切なことは「こうしてみてはどうか」「こうするといいと思う」という意見も同時にもらいたいと言うこと。それが、今の自分にはとてもありがたかったです。それは苦言ではなく助言だからです。
 これで大きな作品は2作創ってきましたがまだまだ技術的にも不備はたくさんあると思っています。だからラスミさんにこうしてプロとしての助言をもらえたことがとても嬉しかったです。
「こいつには言ってもだめだ」
 と思われていたら人は僕に何にも言ってくれなくて、自分はいつのまにか愚かな裸の大様になってしまいますから。

 そんなラスミさんのFekraのパンフレットの言葉が最高でした。
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「I have a story, do you?(私には物語がある。あなたには?)」
 幾多の困難をくぐり抜けてきたパレスチナ人。彼らは自分たちの生き抜いてきた物語をしっかりと語り合うという土壌をもっています。だから人には人生を生き抜いてきた物語があるのだという。そしてそれはあなたにもあるよね?と問いかけている。
 これこそ心理社会的ケアの真髄です。ここに世界のスタンダード(標準)があります。
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 今熊本できっといろんな「こころのケアの専門家」という人が入り、
「そっとしておきましょう」「余り刺激しないように」「辛いことはなるべく聞かないように」という間違った「指導」を行っている可能性があります。
 しかし、世界の指標はここにある。
「I have a story, do you?(私には物語がある。あなたには?)」
 これからも被災や戦禍によって辛く哀しい経験をした多くの人々が、自分の物語を語ることで復活を遂げていく、そんな支援をしていきたいと思います。
 先ほども朝日新聞社の長い電話取材を受けました。きっと来週には「生活面」で記事になることでしょう。そこには、閖上中学校の丹野さんや、大川小学校の佐藤先生や哲也君が、津波からの5年間で”ほんとは哀しいけれど”向き合ってきたその姿が、今回の熊本地震で被災された皆さんに伝わっているのだと思うのです。
「今こそ、向き合いましょう。しっかり語っていきましょう」
 そんなメッセージを自ずと伝えているのでしょう。それはとても大切なことです。

 そしてどうやらマスコミの中では「津波の被災直後からずっと心のケアに関わったある心療内科医が、”向き合いましょう”と言っている」と言うことに価値を見いだしてくださっているように感じます。だからインタビューも多いのではないか、と。
 向き合うことを懸念する、物語ることに苦言を呈する一部の臨床心理士や精神科医が今回の熊本地震では口をつぐんでいるように感じられているのは、幸いに思います。

 今こそ、このガザに拠点を置くFekraが訴える、
「I have a story, do you?(私には物語がある。あなたには?)」
 を日本にも広げていきたいと思います。

 人はみんな自分の人生においては主人公ですから。被災したことや、大切な家族を失ったこともみんな含めて自分の人生の一部であり、大切な物語なのですから。

桑山紀彦
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映画上映会

2016.05.20 Friday

ついにガザ市において、映画「ふしぎな石〜ガザの空」の初上映会が行われる日が来ました。

 しかし当初からトラブルの連続。
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 まず、プロジェクターの位置まで音響のケーブルが延長できない。備え付けのプロジェクターはRGBの15ピンでマックには対応していない。同時に備え付けの再生機はWindowsパソコンなのでDVDのディスクでないと再生できないけれど、英語字幕版のDVDディスクがなぜかない…。いろんな悪条件が重なり、試行錯誤で結局上映できるようになったのは開演時間を1時間も過ぎた午後4時でした。でもそのおかげでテスト期間まっただ中の中で終了時間を見越して駆けつけた主演の4人がほとんど全てをみることができたことは幸いでした。

 実は3分ほど短くして、スリムにしているので、新しくなったVer 2.0を見てほしかったのです。

 やはり何重もの不備を想定して臨まないといけないですね。準備不足がたたった結果となりました。それでも50人ほどの聴衆と共にいい雰囲気の中で上映会が終わっていきました。
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 会場から出た質問としては、

「制作期間はどのくらいでしたか?」

などの質問に続いて。

「日本人としてシナリオを書き、学んだことは?」

というものがありました。それに対して、

「パレスチナ人の精神の強さと、向き合うことがちゃんとできるその姿勢の素晴らしさです。」

と答えました。

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 ただ一人、長いあいさつに立ったファラッハもしっかりとした姿勢で大人たちをびっくりさせていました。
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 最後に「謎の老人」を演じた白のダルウィーッシュが言いました。

「この世には幾多の困難があります。パレスチナの苦しみは深く長いものです。でも、こうして自分たちが日ごろ思っていることが形になり、皆さんに伝えることができるようになったことはとても大きな誇りです。」

 みんなでこれからも何かを「制作する」ことの大切さを再確認した思いでした。

 主演の4人、ファラッハ、ナガム、フェダー、イスラームも日々成長しておりずいぶん大人の顔つきになってきました。これからも、この子たちが一つのシンボルとなって向き合うことの大切さを世の中に伝えられるような活動をしていきたいと思っています。

 多難な中に、この上映会を開けたことの意味を自分たちなりにかみしめることのできた、貴重な1日となりました。

桑山紀彦

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ガザ入域〜再会

2016.05.19 Thursday

今日は2日前の灼熱が嘘のようだとみんなが言うほどのすがすがしい天候の中、ガザに入域しました。

 相変わらず2キロもある長い「回廊」を歩いてガザに入る独特の感覚は不思議ですが、考えてみるともうこうして13年もガザに通い続けていることを実感する時でもあります。
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 今回は毎日のワークショップの進捗状況の把握と、来年度以降の新しい展開の調査、そして明日に迫った映画「ふしぎな石〜ガザの空」のガザ市における初上映会の舞台挨拶が目的です。

 

 さっそく主演女優、ファラッハに会いに行きました。
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 この3月12日で12歳になったファラッハ。10歳の時に「血まみれのお母さん」を粘土でつくり、11歳の時に映画「ふしぎな石」に主演して、今目の前にいるのはこの9月に中学生になろうとしている12歳のファラッハです。

 確実に背が伸びて大人の顔立ちになってきているファラッハ。現在期末テスト中ですが、これまでの成績は10段階評価で全て10という信じられない能力の持ち主ですが、一方でこんなことも話す12歳の女の子でもあります。

「私は映画に出るまでは控えめで大人しい性格でした。人前で話すときはいつもうつむいて話してしまう、そんな自分でした。でも映画に出て、上映会で人の前で話すきっかけをもらったときから私は変わりました。堂々と胸を張って語れるようになったし、ちゃんと顔を上げて話せるようになったんです。」

 そんなファラッハの将来の夢は映画の中で「医者」と語っていたのに今回は「歯医者」。それもいいけれど、

「医者になるんじゃなかったの?」

 と問うと、ちょっと考えて、

「もしも医者になって、ケイ(僕のこと)と一緒に仕事ができるんなら精神科医になりたい。世界のいろんなところで、心傷ついている子どもたちのために仕事がしたい。」

 相変わらず見事な夢を持つパレスチナの12歳でした。

 そしてモハマッドを尋ねました。
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 今、アルクーツ大学の経営学部に転科して1年生となっているモハマッド。なぜ「経営学部か」というと、「卒業後、独立して通信社を経営したい」からだという。とても具体的にジャーナリストの夢を着実に組み上げているモハマッド。

 実はこの夏、彼は日本に来られるかもしれません。

 現在空爆や国境の銃撃戦は落ち着いていて、今年であればイスラエル国境のエレズの検問所を越えられるかもしれないのです。そう言いながら昨年は土壇場でエレズを越えられず、神戸、松本の皆さんにご迷惑をかけてしまった経緯があるので、今は確実とあえて言いませんが、今年はいけそうです。

 日曜日にはテルアビブの日本大使館にビザ申請に行けそうですし、モハマッドも気合いを入れて今年は日本に行くのだ!と鼻息が荒いのです。もちろん日本で彼に感じてほしいことは実にたくさんあるので、そんな彼の鼻息の荒さをくじくような出来事もあるかも知れませんが、いずれにしても「平和構築」という視点で、モハマッドの来日はとても意味があるものだと思います。

 そんなモハマッドの学資支援を現在検討中です。理事会、そして6月の総会にははかりたいと思いますがモハマッドの夢をかなえるために大学の学資を支援しようというもの。

 幸いジャワ島のリサがこの9月で晴れて助産師学校を卒業し、助産師になる(予定である)ことを受けて、それにつなげて今度はパレスチナのある青年の夢をかなえようというものです。

 具体化したらまた皆様にご相談しますが、「地球のステージ」において、モハマッドだけでも3篇の作品があり、彼のためにつくった曲も「風のモハマッド」「愛の歌」そして今回の映画の主題歌「明日を信じて」と3曲に上ります。

 そんなモハマッド、来日の際には是非皆様の元へ、と思うので決まり次第こちらも連絡いたします。

 そんなふうに安心していたらイスラエル軍からの緊急情報で、先ほどイスラエル南部にハマスと思われるミサイルが着弾したとのこと。地域的にはラファを含むガザ地区南部から発射された可能性が高く、報復のミサイル攻撃がラファに及ぶ可能性があるというもの。

 こんなところは相変わらず、「変われない」ところのようです。

桑山紀彦

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