2012.01.26 Thursday
樹(たつき)くん
その少年は小学校1年生でした。

2009年1月。僕たちは東松島市、野蒜(のびる)にある鳴瀬第二中学校で歌っていました。その日は冷たい雨が降っていましたが、野蒜の皆さんがたくさんやってきてくれて暖かい雰囲気の中にステージが終わっていきました。
壇上で片付けをしていると、一人の少年が話しかけてきました。
「感動しました!」
「おお、そうか。何年生?」
「野蒜小学校の1年生。」
「そっか〜、難しくなかった?」
「全然!ぜ〜んぶの話しがすご〜くよくわかった!」
「ホント?特にどこの国が?」
「東ティモール!」
「すごいね!ほとんどの人が知らない国だよ。」
「アカペトくんに逢ってみたい!」
びっくりする小学1年生でした。まず物怖じしない。はきはきと話しかけてくる。大切な話しの確信が確実にわかっている。こんな賢い小学1年生、見たことがありませんでした。
「名前はなんて言うの?」
「たつき!」
「へ〜、どんな字?」
「樹木の”樹”」
「そりゃあいい名前だね!僕のお父さんは家具職人でね。木が大好きだったんだよ。」
「ふ〜ん。」
「たつきくんも、木が好き?」
「う〜ん、僕は機械が好きなんだ。」
「将来は何になりたいの?」
「ロボットとかつくりたい!」

これがたつきくんとの出逢いでした。利発な子どもには全国で時々出逢いますが、たつき君は飛び抜けていました。将来が楽しみな、「地球のステージ」ファン最年少との出逢いでした。
そして、2010年12月22日。鳴瀬第二中学校で2回目のステージがありました。冷たいみぞれ雪が降っていました。鳴瀬2中は搬入口が砂地です。いかにも海のすぐ近くにある中学校です。とても印象的でした。
そしてステージが終わった時、またニコニコした顔が待っていました。
「こんばんわ!」
「お!君は!」
「たつきです!」
「大きくなったな!何年生だ?」
「3年生だよ!」
「今日は2番だったけど、難しくなかった?」
「大丈夫、全部わかったよ。とってもおもしろかった!」
横にはおばあちゃんが笑っていました。
「あれからたつきはとにかく「地球のステージ」が好きで、本は全部読んで全部覚えました。」
「それは嬉しいなあ。」
「次はいつ桑山さんにあえるのかって、もう大変でした。だから今日鳴瀬2中でステージがあって本当に良かったです。」
「最年少の「地球のステージ」ファンですからね。」
「本当にこの子は、世界のいろんな事に興味があるんですよ!」
おばあちゃんも、お母さんも嬉しそうでした。

それから79日目の3月11日。たつきくんは自宅で津波に襲われました。そして、それから69日目の5月18日。近くの用水路で発見されました。変わり果てた我が子の姿に、お母さんは涙も涸れ果てました。この写真を撮ってくれたおばあちゃんも、津波で亡くなっています。
あの日、鳴瀬第二中学校3年生だったたつき君のお兄ちゃんは卒業式でした。お母さんはお兄ちゃんと一緒に卒業式のあと、謝恩会に出ていました。そして地震がきて、津波に襲われ会場となっていたかんぽの宿の4階に取り残されました。
たつき君はおばあちゃんと一緒に自宅にいたところを目撃されていますが、たつき君がおばあちゃんの携帯から送信した、
「こわいよ、たすけて」
というメールが届いたのは夜の9時を過ぎていました。遅れて送信された、たつき君の最期のメッセージでした。
お母さんは3月11日をどう過ごすかで苦しんでいます。
「とても、自分の家には戻れない。」
お母さんの正直な気持ちです。でも、いつの日か更地になった自宅に戻り、お花を手向けるようになれる日が来ることを願います。この世界にいけなくなってしまった場所があっていいはずがありません。
「でも今は無理。」
それがお母さんの本音です。
こうして僕は「地球のステージ」最年少の理解者を津波で失いました。
でも、これで空間を自由に行き来できるようになったたつき君の魂は、ステージに飛来して好きなステージを見ていると思うのです。
だからまだ見ていない3番から6番までのシリーズを、これからたつき君は日本のどこへも飛んでいって、見に来てくれるんだろうなあ。そう思いながらたつき君の魂を感じながら歌います。
桑山紀彦











