地球のステージスタッフによる日誌です。その日の公演の様子や、なにげない毎日の様子をお伝えしていきます。
みなさんどんどんコメントをお寄せください。ステージに関すること、広く伝えたいことなど書き込んで、つながりの輪を広げていきましょう。

新潟県立国際情報高等学校

2016.07.28 Thursday

今日は帰国早々ではありましたが、新潟県立国際情報高等学校の皆さんとのステージでした。

 東北大学のオープンキャンパスに、2学年全員がやってくる。その研修の一環としての公演でしたが、昨日は大川小学校を訪問し、佐藤敏郎さんの話を聞いている。ただのオープンキャンパス訪問ではないその工夫が素晴らしいと思います。

 この仕掛け人は共立観光の倉田さんという方で、昨年の「いのちを語りつぐ会」にいらっしゃってステージをご覧になり、今日の公演となりました。

 新潟県内有数の進学校であるこの生徒さんたちは感受性も豊かで、だからこそいろんな悩みも抱えていると思います。今日はあえて「放浪篇」「フィリピン篇」「震災篇」「6年目の津波篇」を組み合わせて80分版にしました。

 世界について、そして被災地について、均等に配分したものです。案の定質疑応答は非常に活発で時間を大幅にオーバー。こういう感受性の高い高校生がこれからも続けて被災地を訪れてくれることを強く望みました。

 21時30分の最終新幹線に乗ると、0時過ぎには海老名に着いていました。

 まだまだ暑い夏ですから、気をつけていきましょう!

 幸い今回時差はあまりないように思います。

 

桑山紀彦

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ヨルダン、そして帰国へ

2016.07.25 Monday

国境を越えてイスラエル→ヨルダンと入り、いつものようにNICCO(日本国際民間協力会:京都)のみんなと合流してセミナーを行いました。

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 シリア難民のケアを続けるNICCOはこのヨルダンに拠点を置き長く活動しています。僕はその活動の中で心理社会的ケアのスーパーバイザーなので、こうしてガザの帰りには必ずと言っていいほどヨルダンに寄ってヨルダン人スタッフへの講義を続けてきました。

 成長著しいヨルダン人スタッフからはいろんな質問がなされますが、その視点は非常に発展的でありこの「心理社会的ケア」が国際協力の中でとても重要な位置を占めていることを感じます。

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 今回はファティマにジオラマ制作の様子を紹介してもらいましたが、シリア難民の子どもたちが描く「理想の街」は平和に満ちた落ち着いた街のイメージでした。

 こういった子どもたちの表現が大人を動かすと信じてこれからも活動を続けていきたいと思います。

 26日の夕方には帰国しています。

 

桑山紀彦

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高校生、ルーリー

2016.07.23 Saturday

2009年の空爆の年、ルーリーは9歳でした。

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(中央が9歳のルーリー)

 

 空爆の恐怖からのがれようと身体をつねり、そのあとが痛々しくダルウィーッシュに相談されたことを思い出します。痛みを感じることで、空爆の恐怖から逃れようとしていたルーリー。この話は当時の「ガザ戦争篇」で語っていました。

 それから6年がたち、ルーリーは現在15歳。この8月28日で16歳になります。その日が高校1年生の始業式です。

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(向かって右がルーリー、左はラワン(次女))

 

 現在のルーリーは成績優秀、頭脳明晰、笑顔の美しい高校生になりました。いつも娘のように思いながらルーリーの成長を見守ってきました。いつの頃からか「医者になりたい」という夢を語るようになり、「いろんな世界で働きたい」という思いも加わって成長著しいルーリー。でも、その一方で15歳の女の子らしいところもたくさんあります。

 この夏にようやくお父さんのお古の表面の割れ果てた携帯電話をもらうことができたルーリー。その携帯の中にはたくさんのお化粧道具の写真、ファッション、音楽、踊り、映画、好きなインド人俳優の写真…。まさに「いまどきの15歳」の携帯なのです。

 そして長女のルスル(22歳)、次女のラワン(18歳)の影響を受けて歌と踊りが大好き。そして、

「昨日、いとこに求婚されちゃった〜!」

 と目を丸くして報告してくる様子など、本当にお年頃です。

 そんなルーリーに聞いてみました。

「学校はどう?」

「友だちたくさんいて楽しいよ。でも勉強は多くて大変だな。」

「いじめとかはある?」

「絶対にない。入学する時も、そして始業式の時にいつも校長先生が厳しく言うんだ。人に危害を加えてはいけない。人を傷つけてはいけない。人には思いやりと優しさを持って接すること。グループ作って誰かをはじいたりしてはならない、ってね。」

「厳しく言われているんだ…。」

「うん、もしも破ったらまずは10日間の登校禁止の目に遭うんだよ。10日間も学校に行けなかったら勉強がすごく遅れちゃう。だから絶対にみんな誰かをいじめたり傷つけたりしないよ。」

「学校に行かない人っている?日本じゃ不登校って言うんだけど。」

「ない。学校は行けるだけで幸せ。行って勉強して自分の夢をかなえないとね。」

 

 夢をかなえるために学校へ行って勉強をするんだというルーリー。でも正直に言えば子どもの頃に夢見ていたことをどれだけの人が叶えることができるでしょうか。パレスチナの失業率は8割を超えています。

 それでも子どもたちは学校へ行く。

 だから僕は思う。日本の子どもたちも笑顔で学校に行けるといいと。もしも行けなくなった子どもたちがたくさんいたら、なんとか手助けして学校に行けるようになるといいと。そのために自分ができることをしたいと強く願っています。

 僕が国際協力と平行して行っている心療内科医としての日々。それはまさに僕たちの国ニッポンの子どもたちが楽しく学校に行けるようになるにはどうするといいのか、その思いに凝縮されつつあります。

 

 ルーリーにも日本に来てほしいと思う。そして日本の中学生や高校生と交流が持てたら、ルーリーのためにもいいし、きっと日本の子どもたちにも刺激になるような気がします。

 パレスチナと日本。同じ思いを抱きながら心の交流が盛んになるためにできることを探していきます。

 

桑山紀彦

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大学生、モハマッド

2016.07.22 Friday

モハマッド・マンスールは元気で大学に通っています。

 皆さんから順次集まってきている「モハマッドの学資支援事業」はゆっくりと立ち上がり、現在彼は皆様の支援のおかげで大学に通えています。

 いろんなことを学び、現在ビデオ編集ソフトに習熟しようと努力しています。ちゃんとトラックにビデオを配置し、エフェクトをかけ、音楽を配置して5分もののクリップに仕上げていました。それは相変わらず「敵の軍隊の悪行」という内容であり、タイトルは「殺戮の夏」というものでした。

 日を改めて皆さんにご紹介したいと思いますが、厳しい現実の中を生きているモハマッドにしてみれば、それは「訴えたいこと」なのだと思います。それでも僕に対しては、

「もちろん僕が一番願うことは”平和”だ。そのために伝えなければならないことがあるんだ。」

 と語ります。

 このモハマッドの正義にこれからも僕たちはしっかりと意見を伝えて行くべきだと思います。

 

 そんなモハマッドが内緒で僕を撮ってくれていました。

 さすが写真が好きなんだと思う。いい瞬間を捉えていると思いました。もちろん何枚も撮った中の1枚ではなく、その撮影記録からはこの瞬間を狙って撮ったものでした。改めてモハマッドの才能を感じた1枚でした。

 

 この夏彼が日本に来られるかは現在五分五分です。

 ヨルダン大使館がガザに住むパレスチナ人へのビザの発給をとめてしまっているのが原因です。一刻も早くその事態が改善しモハマッドとアーベッドが日本へ行けることを願います。在イスラエルの日本大使館の皆さんはとても優しく、彼のビザの発給を迅速にしてくださいました。しかも非営利でやっている活動ということで、ビザ代は無償でした。そんな大使館の皆さんのお気持ちに応えるためにも、ヨルダンが動くことを祈っています。

 

桑山紀彦

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映画撮影、二日目

2016.07.22 Friday

今日は撮影二日目。

 20分ものの短編なので、凝縮すれば二日間でしっかりと撮れます。でも大切なことはうちのスタッフに、映画撮影を学んでもらうこと。

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 本当にやる気のあるスタッフに恵まれて、今日もいい感じで技術協力ができたと思います。

 歌手でもあり、演技の抜群なヤシーンはカメラマンとしての素質も素晴らしく、ハンディになって動いても水平のままでいられるようになりました。

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 紅一点のアーヤも今日は積極的にカメラワークに参加。ヤシーンに次ぐカメラマン指向です。以前事務所のカメラを持ち帰り、家族の肖像のような短編を自ら作ってきたアーヤ。映像と子どもが大好きです。

 ピエロ役がうまいラーエッドは、前作では破棄されたビルの下で電器屋を営むスレイマンさん役を演じましたが、音声に興味があるようでマイクの向け方が整ってきました。

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 そして絵や粘土細工が一番の得意であるモハマッド(大学生のモハマッドとは別人物です)は、これからいろんなことを積み重ねていく感じですが、気持ちよく何でもすっとアシストに入る、助監督肌です。

 安い一眼カメラに、デッキブラシのブームポール。ビデオマイクもお求めやすいRODEの標準タイプですが、みんなで作ることに映画の楽しみ、喜びがあります。今日もいい感じでクランクアップしていきました。

 

 そして子どもたち。

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 向かって左からまだ11歳なのに既に身長が165センチを超えている姉御肌のエイマン。国境に近いユブナに住み、2年前の50日戦争でも大変な思いをしてきました。でも、将来の夢は「人権を守るために弁護士になりたい!」と真剣です。

 続いて9歳、最年少のラマー。今回はちょっと声が小さくていつもアーベッドに指摘されていましたが、最後まで頑張って姿勢が伸びてきました。50日戦争では家の前に亡くなった人が数人いて、非常にショックだったと語りました。実は演劇が大好き。映画は見るものだと思っていたけれど、こうして映画にでられて大変光栄だと言います。将来は歯医者になりたいとのこと。

 そしてユムナ、10歳です。今回一番声が大きく、演技も光っていたユムナ。学校では算数が一番好きで、もちろん将来は数学の先生になりたいといいます。50日戦争ではたくさんの亡くなった人を見ていました。3人兄弟の唯一の女子。男勝りな性格が演技の良さにでていました。

 それからモハマッド。12歳。最初にペットボトルを投げ捨てるという「悪役」で入りましたが、その悪役ふうの演技が光っていました。実は動物が大好きで将来は獣医になりたいといいます。50日戦争ではテレビだけでなく、実際に多くの人の死に触れてきました。

 そしてアーベッド、13歳。一番の年上です。ハスキーボイスがカッコいいのに、本人はそれをマイナスに考えていました。でも今回の映画に出て「特徴のある声こそが、良き俳優の証し」と知って自信を得ました。実は演技が大好きで、彼の演技の力にはいつも感心させられていました。50日戦争では隣の家にミサイルが着弾。隣人は亡くなったとのこと。将来は建築士になってラファの壊れた家を少しでも直したいといいます。

 一番右がアルワ、10歳。年齢はまだ10歳だけど一番好奇心が強いのがアルワ。どんなことにも積極的に取り組もうとするし、自分の意見もはっきりと持っています。演技は時々考えすぎてつまることがあったけれど、その時の悔しさの表情は大女優を目指す素質かもしれません。50日戦争では直接たくさんの亡くなった人を見てきました。将来の夢はジャーナリスト。本当のことを伝えるために大切な仕事だから、とまっすぐ前を見て話します。

 

 一人一人の子どもたちに生きてきた歴史があります。

 そんな子どもたちが「映画制作」という出逢いによって一つになり、みんなで創り上げていく。だから映画制作ってやめられません。こんなに多くのパレスチナ人と親しくなれるのですから。

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 みんなの夢と希望を乗せて短編映画「私たちの街〜ラファ」の完成が近づいています。

 

桑山紀彦

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