地球のステージ ブログ

地球のステージスタッフによる日誌です。その日の公演の様子や、なにげない毎日の様子をお伝えしていきます。
みなさんどんどんコメントをお寄せください。ステージに関すること、広く伝えたいことなど書き込んで、つながりの輪を広げていきましょう。
ダルウィーッシュ、解放!
昨日、ダルウィーッシュが解放されました。
 通訳のアーベッドが確認してくれました。やはり7月1日のハマス対ファタハの交渉のなかで、ファタハが解放したハマスの人数と、ハマスが解放したファタハの人数が合致したようです。
 ダルウィーッシュは正確にはファタハ派の人間ではないのですが、以前ファタハ時代に政府機関で働いていたからそう思われたようです。

 さっきから何度か電話していますが、電話はつながりません。でもコールがするので大丈夫でしょう。
 息子たちにも電話しました。
 お父さんが還ってきて、本当に安心したようでした。でも、
 「することがたくさんあって、もうすぐにガザ市に行ったきり帰ってこないよ」
 とのこと。
 この2週間あまり、ダルウィーッシュもいろんな思いを抱えて拘束されていたのだと思います。

 とりあえずはよかった。
 
 一方桑山の通過許可はまだでていません。
 さすがに知り合いになったイスラエル軍の下級将校も「もうすぐ出ると思うんだけどなあ「と心配してくれています。
 もう祈るしかないですね。

では、とりあえずの解放の一報まで。

桑山紀彦
| ドクトルK | - | 20:51 | comments(4) | - |
待機の日々の中で
未だエレズの検問所は通れず、待機の状態です。
 イスラエル軍によると、
 「君は、これまで何度もガザに入っている。その記録からしてセキュリティ・チェックに回されている。通常では5,6日で出る許可が、セキュリティ・チェックに回ると1ヶ月近くかかるものだ。運が良ければ来週には許可が出るだろう。許可が出ないわけじゃない。国防のために君が安全か調べているのだ」
 というわけで、やはり彼らはガザ地区を「占領」しているのです。
 待つしかないですね。

 そんな時間を利用して、大切な人と会いました。
 まずはNHKエルサレム支局の飯島さん。
飯島支局長
飯島NHKエルサレム支局長

 1月19日、停戦が来た翌日、桑山がNHKニュースに出ましたが、その後を引き受けて、現地ガザからのレポートを入れた飯島支局長です。
 お互いがテレビで見ていて知っているので、不思議な感じでしたが、
 「あ、テレビに出ていた人だ!」
 という自己紹介が面白かったですね。
 聞いてみると飯島支局長は神奈川県海老名市のご出身。
 そして杉久保小学校、大谷中学校と出られたのですが、この両校で既に「地球のステージ」は公演をしていました。なんといっても海老名市は市長、市役所あげて「地球のステージ」を海老名中の子どもたち、市民の皆さまに見せてくださっている全国で唯一の街ですから。飯島支局長とも海老名の話で盛り上がってしまいました。
 こんなふうに、全国展開している「地球のステージ」はいろんな人とご当地ネタで盛り上げれます。
 
 さて、エルサレムの旧市街へいきました。
 いつも訪ねているおみやげやさんがあるのです。それはイエスが磔刑に処せられたゴルゴダの丘に建つ聖墳墓教会の入り口なので分かりやすく、しかもすべての品物に値札が貼ってある旅行者にはありがたいお店なので、よく行くのです。
ハリールさんの店
Old City Bazzar

 これまで何度も通って来たのですが、今回は時間があるので会話しました。
 「いつも来てくれますね。この国で何をしているのですか?」
 と聞かれました。しかし、見た目がどうしてもユダヤ人のように見え、しかもアラブ系のグッズは一切扱わない、純キリスト教に関する品物のみ扱うお店ですから、正直何人かわからない方なのです。
 気を遣ってしまい、こう答えました。
 「えっと、この前も戦争があったじゃないですか。そう、1月です。傷つく人がたくさんいるから、そういう人と関わる医師という仕事をしています。」
 「ほう、どこで働いたのですか?」
 「えっと、まあ、この国の中ですね。僕はこの国(わざとそういってぼかしている)が大変好きです。」
 「そうですか・・・」
 ちょっと不思議な表情をされました。
 「あの、お気を悪くされたら申し訳ないのですが、イスラエル人ですか?」
 「いえ、私はパレスチナ人です」
 「え?」
 「キリスト教の品物を扱うパレスチナ人です」
 「故郷はどこですか?」
 「もう600年も、このエルサレムに暮らしています。祖父まではこの旧市街に家がありました」
 「故郷がエルサレムのパレスチナ人ということですね」
 「はい」
 「すみません。ひょっとしたらイスラエル人かと思って、すっと本当のことが言えませんでした。実は僕はガザ地区に入って働いたりしています。1月の戦争の時もラファの街の病院で働いていました。」
 「そうだったんですか」
 「すみません。パレスチナの人と思わなくて・・・」
 「いえ、いいんですよ。私たちはみんな神様がお創りになった"人間"というたった一つの存在です。何人であろうと関係ありません。国も、人種も、宗教も違って当たり前。そんなことは問題ではありません。
 大切な大切な"神様の創造物”なのです。でもそれを一部の心無い政治家が汚しているだけなのです。そんな争いの狭間であなたが迷われたのはとてもよく分かることです。でもそんなあなたが、本当のことをちゃんと伝えてくれて嬉しいですね。」
ハリールさんの店
ハリールさん

 「私はハリールと言います」
 「ああ、ジェニンで殉死されたハリール・スレイマン先生と同じお名前なんですね」
 「はい」

 これがエルサレム旧市街です。ユダヤ人もアラブ人も同じ狭い道を肩こすり合わせながら歩いています。
 パレスチナ人のハリールさんが一見見た目ユダヤ人のようで、でも売っているのは純粋なキリスト教の品物です。
 そこに流れているのは、
「みんなおんなじ人間なんだよ」
 という大いなる思想です。

 この旧市街をでるといがみ合い、争い、占領、屈辱、暴力の連鎖。
 しかし、ハリールさんを見ていると、そんな世界の中でもきちんと正しいことを見つめることは出来るのだと思いました。

 「また、逢いに来ますね」
 「はい、いつでもあなたのことをここで待っています」

 ありがとう、ハリールさん

桑山紀彦

 
| ドクトルK | - | 10:26 | comments(4) | - |
パレスチナ人の生き方
パレスチナ人の言葉には実に感慨深いものがあります。
 長年の不安定さ、落ち込みと立ち直り、悲哀と歓喜の繰り返しの中で生き方が研ぎ澄まされている人が多いのか、感動する言葉が多いです。
例えば、昨日であったのお百姓のアリさん。
 「私は有機農業に専念するよ。そりゃあ害虫は恐い、肥料だって自信がなくなることもある。でもな、やっぱり食べるものつまり口に入るものだから、私は自然の恵みからしか得てはいかんと思う。だから有機農業にこだわるぞ」
 そして更に言いました。
 「この土地は代々パレスチナ人が神様からもらったものだ。だからそれを争いのために使うのではなく、人々が生きていくために使う。それが農業だ。農業はこの与えられた大地を有効かつ平和に使うためにある。決して争いのために土地があるのではないのだ」

 今日であったもう一人のお百姓さん、ユーセフさんも語ります。
ユーセフ氏
ユーセフさん(JICAの研修生として日本にきたこともあります)

 「農業こそ、人間が生きる基本だよ。人間食べれれば生きていけるからね。いつの間にかいろんなことを求めて人間は争いに走っている。しかし、農業を大切にしてみんなが安心して食べれれば、争いなどなくなるはずだ。だから、私はこのパレスチナで農業にこだわり続けたいんだ」

 そして、エリアCという、イスラエル軍の軍事エリアのど真ん中に自分の家、子どもたちの学校、女性たちの職業訓練所をつくり、イスラエルの法廷に持ち込んで不可侵を約束させているハッチサーミンさんが言いました。
ハッチ氏
ハッチサーミンさん(17歳の時にイスラエル軍に撃たれて半身不随です)

 「ガザはいつも戦争をしている。とても大変だ。普通に暮らしていても殺されてしまうこともある。しかし西岸は違う。普通にしていれば何も起きない。しかし平和を叫べば殺される。だから叫ばなければ一応安全だ。しかし私は考える。平和を叫ばなくなって下向いて生きるのではなく、言うべきことはいって筋を通さないと、いつの間にか魂を失う。だからガザのような苦労はない代わりに、自分はどう生きるのかを内面的に逆に試されるのが、西岸なんだ。だからそれはそれでとても重いことなんだよ」
 紛争地を生き抜く人々の言葉はやはり深い。

 さて、6年ぶりにジェニンにいってきました。
 懐かしい友に会いにいきました。そして仲よかった救急救命士のイサットさんの救急部所にいってびっくり。ハリール・スレイマン先生が爆死した救急車が、ちゃんとそこに残されていたのです。放置されているようだけど、ちゃんとそこに残されているのです。
ハリール先生
2002年のジェニン虐殺事件から7年が過ぎています。

 「「展示」などするとまたイスラエル軍が攻めてくるんだ」
 そういって隅に、でもちゃんと残してあります。占領下の街で何かを思い続けることはとても辛くて重いものです。
 そして「新しい街をつくり出す遊び」をしていたダラールと出逢ったさら地にいきました。今はビルが建ち並び、あの当時の面影を見ることは全く出来ませんでした。それはそれでよかったです。人々は立ち止まらないので。
 ダラールは見つかりませんでしたが、今回は時間切れによるものです。
 「写真が何枚かあったら1日で見つかるよ」
 地元の人にも言われましたから。また次回、西岸のこのトバスの街に入った時に探してみます。
 あれから6年、今19歳になっているダラールです。
 そうやってまた逢いに来た時、
 「自分たちは忘れられていないのだ」
 と思ってもらえたら、どんなにいいか。
 それがある意味でも、僕たちに出来ることなのかもしれません。

桑山紀彦
| ドクトルK | - | 05:49 | comments(5) | - |
西岸、トバス
今日は土曜日、ユダヤ教の安息日なので、イスラエルという国が止まっています。バスも走らず軍隊も止まり、エレズもぴくりとも動きません。
 昨日、もう一つの占領されたパレスチナ自治州、ヨルダン川西岸のトバスという街に入りました。あの2001年、虐殺のあったジェニンまで25分という北部の街です。いくつかの軽い検問所のあとに、アル・ハムラのチェック・ポイントを超えると、そこはまさにパレスチナ人の街。がらりと風景が変わり、道はデコボコ、人々の苦労した生活ぶりが伝わってきます。なぜ同じ「約束の地なのに」こうも分断され、引き離されているのか。ガザ地区と似た哀しさが、この西岸にもあります。
アルハムラ
アル・ハムラ検問所

 夜に農家のアリさんの家に招待されました。オリーブ農家として自立し品質の向上や新しい市場開拓をNICCOと共に取り組んでいるお父さんです。一見ぶっきらぼうだけど、語り出すと気持の熱さが伝わってくる、まさにパレスチナの男です。どこかダルウィーッシュの武骨さと心の熱さに似ていています。
 そしてそこにナジャーおばあちゃんがいました。最初からにこにこしていたナジャーおばあちゃんは65歳。アリさんの家族です。その表情には深いものが刻まれており、「ワシはこの地に生きているんじゃ」という心意気が伝わってきます。
ナジャーおばあちゃん
ナジャーおばあちゃん

 とても仲良くなれたナジャーおばあちゃんが語りました。
「ワシももう長くガザに行っていないなあ。ガザにはたくさんの友だちがいるんじゃ。どうしてこんなふうに分断されてしまったのか。ワシはガザのみんなが大好きだ。だって同じパレスチナ人だもんな。これまでは間にイスラエルがあって、どうしても行き来できんかったから哀しかったが、いまじゃハマスとファタハがいがみ合って、イスラエル人がいなくてもワシらは共に会えなくなってしまったんじゃ。なんでハマスだのファタハだのがいるんじゃろうか。ワシらは一つのパレスチナ人じゃ。なんで会えんかなあ。なんで行けんかなあ。
 だからお前さん(僕のこと)、ワシの代わりにラファに行ってくれ。そしてトバスのみんなもいつかラファのみんなに会いに行くからと伝えてくれ。頼んだぞ・・・。」
 ナジャーおばあちゃんが元気なうちに、このガザ地区とヨルダン川西岸の分断が終わり、互いに自由に行き来できる世界が来ることを願います。そしてそれを可能にするのは、やっぱり一人一人の強い意志だと思いました。あきらめないこと、それしかない。信じ続けること、愚直かもしれないけど、それしかない、とまた改めて思いました。

桑山紀彦
| ドクトルK | - | 16:16 | comments(1) | - |
ヨルダン川西岸へ入ります
ダルウィーッシュの息子たちと話しました。
 あまりじょうずではない英語でしたが、気丈に頑張っているのがひしひしと伝わってきました。
 二男のムンザの方が英語が廻るのですが、
「どうしたの?ケイ」
「うん、今エレズで止まっているんだ」
「こっちに来るの?」
「そのつもりだよ」
「危ないかもしれないよ」
「でも、いつもそうだから大丈夫だよ。ところでお父さんは?」
「わからないんだ、突然だったから」
「不安?」
「大丈夫、お父さんは強い人だから・・・」
「家族みんなは?」
「うん、みんなで励ましあっている」
 一体ダルウィーッシュが何をしたというのでしょうか。そしてこの家族の苦悩はなぜにそこにあるのでしょうか・・・。
 高校1年生のムンザ。一生懸命家族のことを語ってくれました。
 一刻も早いダルウィーッシュの解放をみんなで望んでいることが、ひしひし伝わってきて、苦しかったです。

 これからヨルダン川西岸のトバスというところに行って一晩過ごしてきます。
 いつも一緒に仕事しているNICCO(日本国際民間協力会)の活動地です。今回もエレズの通過でいろいろとお世話になっている吉田さん(現地駐在)と会ってきます。
 そしていつもガザが中心でしたが、西岸の「囲まれたパレスチナ人」はどうしているのか、ちゃんと見てきます。
 今日、明日と休日にあたり、イスラエル軍も窓口を占めているのでエレズ通過の交渉はしようがありません。
 一刻も惜しいので、調査調査です。
 ガザと西岸の違いが分かると、ガザの応援の仕方もより一層見えてくるかもしれません。

 トバスに行くにもチェックポイントを超えないといけないのですが、どんな「閉鎖状況」なのか後日報告させてください。

桑山紀彦

| ドクトルK | - | 22:21 | comments(2) | - |
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