活動3日目~巡回診療開始

今日は昨日と同じマラティア県アクチャダー市の中のケペズ村に出向きました。ここはクルド人の皆さんが集まる村です。

トルコにおいてクルド人は常に困難な立場に置かれることが多く、こういった大災害が起きた場合ともすれば政府からの支援のカヤの外に置かれることが多々あります。そこで私たちは「支援の手が行き届いていない」というクルド人の皆さんへの支援を行うべく、ケペズ村に出向きました。

今日は60セットの支援(昨日は40セット)を行うと同時に、村の自治会長、アリからの要望で体調不良の方の診療を行う事になりました。最初に向かったのはエレイ・ポラットさん、72歳の一人暮らしのおばあちゃんのところでした。

血圧を測ると何と211の120です。突然外国人が来たから驚いたか、と思い何度か測定させてもらいましたが、全く変わりません。常に息苦しく、胸の音を聞くとどうも肺に水が溜まってきているような泡沫音が聞こえてきます。明らかな肺高血圧の所見と思われ、早速の緊急搬送対応ケースです。

しかし一番近くの県都、マラティア市は今やゴーストタウンで病院は機能せず医師もほとんどいない状況。次に近い大都市としては200キロほど離れたガジアンテップですが、被災でここも医療は頼れない。と考えると被災しなかったカイセリ市ですがここまでも350キロ弱はあります。とても耐えられない。息子さんに至急つてをたどって、入院してもらうようにお願いはしましたが、良くない状況です。

この状況は何故起きたのか・・・。それは明らかに震災の影響でした。息子さんが言います。

「地震発生時、母は一人でこの家にいました。そのあまりの揺れのひどさと、今までに経験したことのない恐怖で10分後に駆けつけたときはもうショック状態でした。それでもなんとか気を取り直してくれたものの、それ以降母は誰かが近くを通っただけでもびっくりしておののくし(驚愕症)、日中も地震の時のことを思いだして半狂乱になる(フラッシュ・バック)。恐怖がひどいと心臓だけでなく、内臓全てが痛くなるともいいます(高血圧症)。これらは全て地震の前には全くなかった症状で、母は優しくほがらかな人でした。でもこんなふうに変わってしまった・・・。」

これはPTSDの症状の一つ「過覚醒」が起きていて、そのための高血圧が持続してしまい、ついにはそれが肺に圧迫が来てしまっていることが考えられました。

何故こんなに強いPTSD症状が出てしまったのか・・・。二人に聞きました。

「同じ年くらいのおばあちゃんたちとお茶のみしたり、編み物編んだり、そんな集まれる場所はなかったですか?」

「いや~ないね。この辺りはみんな散らばって暮らしているから、なかなか集まる場所がないんだよ。」

「電話とかでも話せる相手は?」

「高齢だからね、あんまり電話でつながる友達は多くはなくて・・・。娘たちが最初の頃は聞いていたけれど、そのうちいつも同じことを訴えてくるから、みんなあまり聞かなくなってしまってたかな・・・。」

今回の震災は広大は範囲で起きており、元々広大な土地に暮らしてきた村の人たちにとっては意外なほどにつながりが薄かったことが災いしたようです。

とにかくエマージェンシーに近い状況だと息子さんに重ねて伝えてエレイさんの家をあとにしました。震災の爪痕は、こんなふうにほぼ手つかずで現在進行形です。

それでも立ち去るときエレイさんは、僕の肩に手をかけて、

「こんなところに日本からよく来て、よく診てくれたよ。それだけでなんだか気持ちが落ち着いたよ。」

と言います。身体は大変だけれど生きようとする気持ちを感じました。

(つづく)

桑山紀彦

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