アリ自治会長の娘、アウトゥンさんとその夫のメメットさんには3人の美しい姉妹がいます。
長女はベルナさん、27歳。次女がベリギンさん、26歳。そして少し間が開いて三女のベンギューさん15歳。みんな県都のマラティア市に住んでいました。
「あの日、震災の起きた午前4時。突然の揺れにみんな飛び起きたよ。アパートの4階は激しく揺れて必死に飛び出そうとしたが、もうドアが開かない。このまま建物と一緒に死ぬのかと思ったよ。でも何回か揺れたためかドアが突然開いて、5人で建物を飛び出したんだ。命拾いした。
それから3日間はクルマの中で寝たよ。余震が恐くて眠られない。もう街にいることは出来ないと思って妻の父であるアリさんを頼ってケペズ村にやってきた。国の土地の上に、ドイツの親戚から寄せてもらったお金でコンテナを買い、ここでの暮らしが始まったよ。
でも今でも建物に入ることができないんだ。閉じ込められて崩れ死ぬイメージが強すぎて、あれ以来建物の横にさえ行けていないんだ。よくビルの1階にお店が入っている建物があるけど、絶対二そんな店には入れない。自分は一生平屋の建物にしか入れないんじゃないかと思っているよ。」
PTSDの中の「回避症状」~その出来事を象徴するものや出来事を極端に避ける~が強くでています。
都市部の集合住宅暮らしだった一家五人が田舎の村のコンテナに暮らしているそのストレスは大変だと重い、長女と次女に聞いてみると、
「それを吹き飛ばすのが韓国のエンタメなのよ!」
と返事が返ってきました。
「辛いとき、悲しいときはBTS、Black & PinkをYouTubeで見て、韓国ドラマを最初から見直して元気を出し、自分を励ましているわ。」
韓国エンタメはここでも人の心を支えています。
でも一番末っ子のベンギューさんが言いました。
「マラティアの大きな高校を転校して、今はこの村の高校にいる。でも先生の数が足りなくて授業はいつも遅れ気味。学力も下がってきそう。同級生はみんないい人だけれど、あまり震災のことは話さない。どこかでみんなその話を避けているような感じがあるから。
今は大きい音とか、余震の揺れとかに過剰に反応しちゃうし、何度もあの閉じ込められた日のことが夢に出てくるよ。」
しばし涙が流れ、心優しい片野田さんも涙していました。
少し落ち着いたところで、涙が乾かない15歳に伝えました。
「僕らは津波の被災者だけど、”時のクスリ“ってのは確かにあるよ。時間が過ぎると少しずつ楽になるのは本当だと思う。でももう一つ、感じたことや思ったことは誰かに話した方がいい。それもまた本当だと思う。」
すると彼女は、
「同じ思いをした人が日本にもいるんだね。あなたたちの悲しみが今の私にはよくわかる。ここへ来てくれてありがとう。」
日本で被災したことが、こんなふうに役に立つこともあります。
それでも彼女はイズミール大学に進んでイタリア語かスペイン語を専攻し、その国との掛端になりたいという夢も語ってくれました。夢が消えていないのであれば、きっと前に進めるようになる日は来るだろうと思いました。
桑山紀彦