ステージを支えてくださった小野さん、逝く

今朝、宮城公演の前に「地球のステージ」の副代表理事を長らく務められた小野修さんの御霊前にお参りしました。

福島県会津若松市の郊外、広大な農地の中にある小野さんの家には奥様が待って下さいました。部屋の奥には今年1月17日に肺炎で亡くなった小野さんが写真の中で静かに笑っていました。

小野さんとの出逢いは1998年10月9日、宮城県白石市の「キューブ」で開催された全国公民館大会。その基調講演をまかされて公演した「地球のステージ」を見た小野さんが、当時山形にあった事務局に連絡してきたのが出逢いの始まりでした。それから小野さんは会津の学校にたくさんにつながりをつけて下さり、福島県は中通り、浜通よりも早く会津の公演が多く展開していきました。

2002年にNPO法人化して以来ずっと副代表理事を務めて下さり、名実共に「地球のステージ」と共に歩んできて下さった人でした。享年69歳。現代においては若すぎる最期でした。

お子さんがいらっしゃらないご夫妻にとっては、既にこの大きな農家は寂しいくらいのスペースとなっていますが、奥様はこれからも跡取りとしての小野家を継いで行かれます。奥様の出身は北九州だったと記憶しています。

多くの出逢いをつないで下さった小野さんですが、最後のステージは一昨年の郡山ザベリオ小中学校の公演でした。肺の疾患ということで息苦しいことも多かったと思いますが、笑顔で見てくださり、

「また会津に広めたいね」

と言ってくださったことを思い出します。

小野さん、どうぞ安らかに。これからは移動は自由だと思いますので、空を飛んで色んな公演に来て下さいね。明後日は横浜の中学校。放送室で歌ってそれを各教室に配信するという「地球のステージ」初めての形式です。見ててくださいね。

合掌

桑山紀彦

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