最近の北釜のかあさん

 北釜のかあさんが語る言葉の重みは、これまで触れてきた幾多の哀しみの中でも最大級の衝撃と共に、心に刻まれていきます。

「1年が過ぎても、娘を失ったことの心の中の後悔は消えません。

　“あの時、ああしていれば”と思う“後悔”の気持ちがなかなか薄れていかないんです。どうして、あの時自分だけ早く逃げてしまったのか、なんで、じいちゃんばあちゃんを先に避難させたことを伝えられなかったのか、そう思うと、娘を失ったことが、自分のせいに思えてきます。」

「･･･。でも起きた出来事の多くが、“必然”だったし、お母さんも精一杯だったと思います。」

「そうね、どこかでそう思いたい気持ちがあるのも本当です。でも本当のことは自分が一番よく知っているんです。“あの時、ああしておけば”という気持ちが周期的に襲ってきて、その都度心が“ぎゅ～”って締め付けられるんです。」

「･･･」

「この気持ちは、自分が死ぬまでずっと続くのかもしれないって思います。死ぬとき、ようやく楽になれる。”ようやくお前の元にいけるんだ。ごめんね、いままで･･･”そういって、死ぬ瞬間にすべてが楽になれると思います。」

「生きている限り、この苦しみと哀しみは続くと？」

「そうですね。それが子どもを失った親の気持ちなんだと思います。時間と共に、ゆっくりと忘れていくところもあるかと思ってきました。でも、私は違う。時間と共にいろんな事を思い出すようになってきています。

　例えば、

“ああ、この季節になるといつも娘と一緒に桜見に行ったな”

　とか、

”ああ、この曲は娘が大好きだった曲だな”

　とか。」

「そんな時は辛いですか？」

「確かに辛いです。でも、そうやって思い出してあげることが娘のために出来る唯一のことだから、自分の役割だと思って逃げないようにしています。」

「そうですね。」

「この前、自分の家の跡に寄ってみたんです。

　今はもちろんなんにも無い。ただ井戸の跡だけがわかるくらいです。

　でも、敷地を歩いていたら、なんと水仙が芽を出していたんです。」

「それはすごい。」

「もう嬉しくて。あんなに津波かぶって、海の砂に埋もれていた土の間から水仙の芽が･･･。

　思わず、うちの娘が出してくれたものに思えてきました。」

「そうですね。娘さんが守ってくれてたんですね。」

「だから、今年は娘の好きだったひまわりを植えようと思うの。」

「ひまわり」

「夏になって、たくさんのひまわりがうちの跡に咲いたら、きっと娘も喜んでくれると思うから。」

「そうですね。いつもそばに魂がいるから、一緒に喜んでくれますよ。」

「去年の夏はそんな気持ちにはならなかったけど、今年はそんなふうに考えられるようになってきたかもしれないです。」

「そうですね、その意味では少し気持ちの整理が始まっているのかもしれません。でもくれぐれも、“忘れていく”のではなく“整理がついていく”ということですから。」

「はい、わかってます。」

こうして北釜のかあさんは少し笑いました。

この敷地に、たくさんのひまわりが咲きますように。私たちも一緒に植えたいと思いました。

桑山紀彦