学校再開に関して思うこと〜その1

いよいよ学校再開がこの神奈川県でも見えてきました。
 
児童思春期を専門にする心療内科医として、少々気になるところがあります。ちょっと長いですが「その1」です。
 
 長い休校によって子どもたちの心にもたらされた影響のなかで、一番大きいものはやはり「コミュニケーションをふさがれた」と言うことだと思います。人と接しちゃだめ、集まっちゃだめ、一緒に運動しちゃだめ、歌っちゃだめ・・・。これは確かに感染予防には大切なことですが、どれだけの子どもたちがきちんと「なぜか」を理解しているかが不安です。
 
 未知のウイルスと言うだけで不安と恐怖を感じる大人だって多い中で、子どもたちは一層不安に思っています。そしてそのウイルスに右往左往する大人の姿も同時に見ています。
 
 いよいよ学校が始まっている今、なぜ他人との距離を取らないといけないのか、なぜ一緒に集まれないのか、頭では分かっている子どもたちもいるとは思いますが、感覚的にこれまで学校が目指してきたものが180度近く変わっている事に戸惑いを感じているようです。
 
 エネルギーに満ちあふれ、外で遊びたいばかりの子どもたちを家の中に閉じ込めていくことは簡単なことではありません。そのためにはこのウイルスが相当恐いものであるというイメージを創り上げないと子どもたちは納得しない。その影響がこれから出てくることが予測されます。
 
 子どもたちはお互いに触れあって色んなものを吸収し学んでいきます。でもそれが封じられるないしは危険視される世界に置かれ、直接触れあうコミュニケーションを制限されてきました。すると心の成長が大きく阻害されてしまう可能性があります。感染予防と経済活動のバランスをどう取るのか、大人の社会ではそれが課題ですが、感染予防と子どもの心の成長のバランスをどう取るのかは子ども世界での大きな課題です。
 
 例えば修学旅行、運動会、体育祭、合唱祭・・・。みんな中止になっています。それは感染予防からすれば「仕方の無いこと」かも知れませんがこんな時代だからこそ、勉強の時間を割いてでもそういった情緒に関する活動を継続する必要があります。ある程度の感染予防策を講じたら、あとはウイルスとの共存だと思ってそういった学校行事に踏み出していかないといけません。でも学校を運営する側の先生は考えるかもしれません。
 
「うちの学校でクラスターでも出したら保護者からなんと言われるか分からない。」
 
 それはそうでしょう。不安です。でも本来学校に求められていることはクラスターを出さないことではなく子どもたちの成長を後押しすることです。アクセルとブレーキのバランスが学校に求められているけれど、それにはこのウイルスの特徴をよく理解することだと思います。
 
 「共存」しようとするウイルスの様子をつかんで、それに併せて行事を拡大していくことが重要ではないでしょうか。
 
 次に大切なことは、「子どもの情緒の発達への懸念」です。
 
 子どもはある意味三密で育っていきます。集う、歌う、叫ぶ、飛び、はねる・・・。三密の中で心の中の感情面、「情緒」というものが育っていきます。今の状況の中ではこの「情緒」を育てるような要素がほとんど否定されています。それが長く続くと非常に平坦な感情の持ち主になっていきます。何があってもあまり感動しない、とっかかりが少なく、面倒なことはやらない主義の子どもたちが作られていく可能性が大きい。ひいては自己評価の低い、がんばる力の少ない心が作られていきます。これは新型コロナの大きな負の遺産になりかねません。三密を避けながら三密から得られるものを実現するというとても難しい舵取りを現場は求められているのです。
 
 そんな難しいことは無理なので、とりあえず「止めておけ」という感じになりがちな学校。でも心ある先生たちは、「絶対にそれは良くない」と感じているはず。要するにリスクとベネフィットのバランスをどう取るかです。
 
 現時点で言えることはリスク「ゼロ」は無理だと言うこと。それはこのウイルスとは共存を目指す方向が見えてきているからです。だから冷静にリスクとベネフィットを割り出して、この修学旅行はリスクが2,ベネフィットが5だとなったとしましょう。そうしたら実行すべきだと思うんです。でも2であったリスクはゼロではないので、感染が出るかも知れない。でもそこで大切なことは、「ほれみたことか」という非難が集まる学校ではなく「やるだけやったんだからしょうがない。次に活かそう」という視点持てる学校を作っていくことが重要だとおもうのです。
 
 子どもたちの心の成長を阻むのがこのウイルスです。ウイルスの特徴をつかみ、口にものを入れるときの注意と、飛沫を浴びないことを守ることの徹底を心がけることでずいぶんできることは増えるはずです。
 
 リスクマネージメントをしっかりやることは重要。でも「ゼロリスク」はあり得ない。だとしたら勇気を持ってベネフィットに目を向けてほしい。このまま三密を避ける環境の中では失うものが大きすぎます。
 
 そして大切なことはもう一度繰り返しますが、それでも感染したときに周りがちゃんと前向きに受け止めていけるかと言うことではないでしょうか。そんな学校づくりを共にしていきたいと思っています。
 
桑山紀彦

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