1枚の写真から(第4回)~手書きのカルテ

 ここに1枚の写真があります。

9/17-1

 それは桑山が下手な字で手書きしたカルテです。

震災直後から長い停電が続いていました。

 3日目の昼に須藤さんが発電機をたいてくれても、それはごく一部の電気しかまかなえず、待合室を明るくするための電灯と子どもたちのための粉薬をつくる分包機のみ動かしていました。
 僕たちのクリニックは電子カルテです。
 スタッフの不評を買いながらもなんとウインドウズではなくマックの電子カルテを導入していました。だからすべては電子カルテ上で行い、サーバーにはそれこそ3000人を超える患者さんのデータが入っていました。
 震災で停電しても、無停電装置がついているのでいきなりの停電でハードディスクがおかしくなる可能性は低いのですが、今回の震災はなんといっても「9」の大きさですから、気づいた時にはサーバーのパソコンもハードディスクも無停電装置も吹き飛んでいました。形はとどめていたものの、角が割れたりケースが外れていたりとひどい有様でした。電源が回復してスイッチを入れてもサーバーやバックアップが壊れていたら、患者さんたちのデータはすべて失われてしまう・・・。そんな不安がありました。
 
 しかし毎日毎日患者さんはたくさんいらっしゃいます。電子カルテはもちろん動きません。僕たちは紙に手書きのカルテを作り始めました。ある程度フォーマットを決めて、A4版におさまるように手書きのカルテを作っていったのです。しかし恐ろしいことにコピー機というものも動かないのです。だから同じものを何枚も何枚も手書きして準備しておかなければなりません。
 1日の外来が始まる前に30枚ほど作っておくのですが、あっという間になくなってしまうので、患者さんがいらっしゃる端から手書きのカルテのフォームを作成し続けていました。それは明ちゃんと優子ちゃんの仕事でした。
 「コピー機」
 それがこれほど貴重なものだと初めて知った形になります。
 そしてその手書きのカルテの右上には保険証のデータを書き込む蘭を作ったのですが、ほとんどの方が「空欄」。つまりほとんどの方が保険証を失っていらっしゃいました。その時点では保険証がなくても保険診療として認めるという厚生労働省の通達は出ていなかったので、もう自腹を切る覚悟で、医療費は一切入ってこないことを覚悟で診療を続けました。それでも、3割分のお金を払おうとする方ばかりで、
「いえ、お金はいりません。いつか保険証が出来た時にまた来てください。」
 とお伝えし、とりあえずお名前と住所、電話番号をお聞きしたのですが、
「住所も電話番号ももうありません。」
 といって涙ぐむ方ばかりでした。まさに「身一つ」の皆さんがいらっしゃるという日々でした。
 手書きのカルテにいろいろと自筆で書いていると、ふとバイロピテ診療所のことを思い出しました。
「バイロピテ診療所も手書きだな~」
 と思うと、とてもダン先生に近づいた気がして不思議でした。手書きであっても患者さんを診察することは出来ます。いえ、手書きだからこそ、一つ一つの文字や言葉に気持ちを込めて記載していたように思います。
 キーボードを打ち込む感覚とは違う、例えば
「ぜんそく発作」
 という文字を書くことで、その患者さんの重荷が手の先から伝わって来る感じでした。もちろん電子カルテの便利さにはかないません。でも、電気もサーバーもキーボードもみんな失っても、「診察」「診断」「治療」という行為は出来るのだという原点に回帰した気持ちだったのです。
 だからダン先生に近づけた気持ちになったのだと思います。
 やがて電気が来てサーバーに故障はなく、患者さんのデータも無事に残っていました。
 ガソリンの枯渇問題がようやく落ち着いて、クリニックの正規事務スタッフが来られるようになった時、その手書きカルテの枚数は数百枚となっており、うず高く積み上げられていました。それを一つ一つ入力していった我がスタッフも立派ですが、何より保険証も、住所も電話もみんな失った皆さんに、こうして信頼してきて頂けたことが一番の誇りでした。
 だから最初の頃ほぼ無料で放出した薬剤費や、本当はもらえるはずの診察料なども全く気になることなく、
「自分たちはやれる精一杯の医療をやっていた」
 という気持ちが持てたのは幸いでした。
 ただそれが経営という視点で見れば危ういことであったとは思いますが、そんなものは二の次と言えた自分たちと仲間に、いつまでもお礼を言いたい気分でした。
桑山紀彦

1枚の写真から(第4回)~手書きのカルテ」への10件のフィードバック

  1. 今ではあまり見かけない手書きのカルテで、混乱の日々を乗り越えられたのですね。
    津波の引いた跡が残る場所に、暖かい電気がともるクリニックが開いている奇跡のような光景を思い出します。
    不眠不休に近い状態で診察して下さった先生や、スタッフの皆さんのお顔を見たときとても安心しました。
    停電で何の情報もないまま飲み薬がなくなり、もしかしたらクリニックも被害に遭っているかもしれないと、心配しながらあちらこちら通行止めと渋滞を抜けてたどりつきました。
    ガソリンを求めて並ぶ数えきれないほどの多くの車に車線はふさがれ渋滞し、往復のガソリン分が入っているだけのメーターにハラハラしながら何とか帰ることができました。
    半年前のことなのに、最近のことのようです。
    今週は又余震が多いです。まだ体は震災直後の感覚のままに感じます。
    先生もどうぞお体ご自愛下さいね。

  2. 桑山紀彦様
    手書きのカルテまで見せて頂いて感無量です。
    桑山先生に出合った患者さんはとても幸せです。
    患者さんのデータが無事戻って本当に良かったですね。
    本日のブログ一息で読んでしまいました。

  3. 『手書きのカルテ』
     
    “手書きのカルテを写した1枚の写真”にも、
    こんなに色々な思いやエピソードが込められていることを
    桑山さんのブログによって知らされ、
    心を動かされます。
    カルテを手書きしなければならない状況によって、
    患者さんとお医者さんの枠を超えた、
    人間同士の信頼関係も育まれていたのですね。
    「カルテを手書きした」
    3月11日の震災後の状況からすれば、その一言で聞き流してしまいそうですが、
    あの時、あの状況にいた現場の中では、こんなにもたくさんの思いややり取りがあったことを、想像できる人間でありたい思っています。

  4.    電子カルテ
     近畿中央病院に検査入院して三日目、検査結果について医師から報告を受けました。その折、電子カルテというものを初めて見ました。ボクは、結核、十二指腸潰瘍、右示指挫滅、背骨圧迫骨折、白内障手術等これまで数々の病気や怪我で入院しています。医師は紙に記載されたカルテを持ち、レントゲン写真やCTやMRI映像はそのつぞフィルムを映写版に映していました。ところが電子カルテは記載された文字の内容と映像やレントゲン写真がクリック一つで一緒に画面に映し出されるのです。患者にとってもこれは非常にわかりやすいものです。症状が瞬時に分かり非常に便利なものだと実感しました。そのとき、ボクは思ったものです。東日本大震災で津波や地震により停電したとき、東北国際クリニックは停電で電子カルテが使えなかったことを。それだけでなく停電のためお薬の調剤ができないと桑山先生がブログで嘆いていたことを思い出したのです。
     電子カルテは確かに便利なものだと思います。手書きカルテは何倍も労力を要するものだと思います。電子カルテを見せてもらい説明を聞きながらそう思いました。
     しかし、地震、津波、大雨、河川の氾濫、土砂崩れ、。私たちの周りには予期せぬ災害がいつ襲いかかってくるかわかりません。原発事故もそうです。
     便利なものに頼る生活から逃れることも知っておく必要があると思います。
     水道からの水ではなく、日本一短い川「ふつふつ川」(全長13.5メートル)からの湧き水で生活する那智勝浦町の人々のように・・・・。
       和歌山   なかお

  5. 40~50年前、全判紙にマジックで手書きの役員会資料作り・一日中ガリ版刷り・湿ったジアゾ式コピー・など次々と思い出しました。なんとPCとコピー機の便利なことか。
    あの状態下では当然と言えばそれまでですが、閉院してもおかしくない中、患者を捨て置けない一心で、無料診断覚悟の開業の決断と医師としての良心、それを支えたスタッフの皆さんに頭が下がります。原始的手作り処理の実績は必ずや、経験として今後の糧になります。

  6. 手書きのカルテには仲間の力が結集されていたんですね。
    明ちゃん、優子ちゃん手作りのカルテに、桑山さんの文字が書き込まれる。
    患者さん一人ひとりのデータが蓄積され3日後にまた活きるわけですね。
    バイロピテでアイダさんがカルテを作ろうと頑張ったことを思い出しました。
    国際クリニックでは電子カルテもマックなのですね。桑山流を貫いてますね。

  7. もう 6か月 早い速い 困難は続きますね。
    よく 残せて 整理され 大変ですね。
    ラジオで 言われていましたように {未来を創る}
    なんですね。
    必ず 人は 未来を見出す。
    *******
    墨あそび詩あそび土あそび管理スタッフ KENNTA
    墨あそび詩あそび土あそび管理スタッフ CHIAKI
    ******
    ほんとに
    ご自愛ください。

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