さて、半年目に入っての振り返り第3弾です。
この写真は、3月15日(水)深夜の当直室です。
この頃は毎日怒濤のように患者さんがいらっしゃって、早朝7時から夜の10時過ぎまでひっきりなしに患者さんが入らしていた時期です。3月14日にまともに電気が来て僕たちはようやく「ご飯を炊く」ことが出来るようになったのです。
その時既に全国から医師、看護師が集まり上の50畳ホールは寝袋の人たちがごった返していました。そんな中、炊飯ジャーに電気を通し始めてご飯を炊くことが出来たのがこの日だったのです。
2階の「地球のステージ」事務局では、みんながホッとしながらその白米を食べていました。でも僕は患者さんの数が多いので、結局みんなといっしょにご飯を食べることは出来ず、夜の10時過ぎにようやく患者さんが切れたので、ホッとしていたところ、上から救援に来ていた成田清恵さんという看護師さんが、
「せんせ~どうぞ~」
といって持ってきてくれたのです。
その時の嬉しかったこと嬉しかったこと。
その時に、ようやく
「少し前に進んでいるかも。」
という感覚を持つことが出来たのです。もちろんそれは「かすかな感覚」であって、すぐにでも失われ、またすべてが余震などで逆戻りしてしまいそうな感覚が大半でした。
でも日本人としてこの白米を見た時に思い出したのが、「千と千尋の神隠し」の一コマでした。
それまで張り詰めて無理をしてきた千尋がハクに庭でおにぎりをもらうシーン。千尋の心の緊張が緩んで彼女はボロボロと大粒の涙を流しながら、そのおにぎりを食べます。あの時の感覚・・・。
人間はほんの一握りの白米で心がホッとし、「よしまたがんばろう!」と思えるんですね。その気持ちが少しだけ持てて、一人でセルフタイマーをセットし撮った写真なんです。このままこの部屋で一晩当直しましたが、結局2時、4時、6時と救急搬送を受け入れました。でもぜんぜん苦にならない。
「ここは踏ん張ろう!」
そう思いながら日々を過ごしていました。
まだ何一つ確かなもののない時期に、
「白米が食べられた。」
「人が食事をつくって持ってきてくれた。」
という人間の営みの暖かさを感じた瞬間だったことを今も思い出します。
ご飯茶碗一盛りのご飯を大切にする気持ちも、忘れたくないものだと思い、3枚目の写真に選びました。
桑山紀彦
桑山先生お疲れさまです!私も名取市に住んで居て、あの日の事を思い出したんですけど、あの日は電気が付いてすごく嬉しかった事を思い出しました!地獄のような日々が続いて、あの日電気が付いて色々な物の大切さを身にしみて感じました!私も白米を炊いて、野菜だけのお味噌汁を作って、主人には、「これだけだけどごめんね」と言って出したら、主人は食べながら、「すっごく美味い」と言って泣きそうになりながら食べていました!今まで色々な料理を作って出しても、あんなに美味しいと言ってもらった事はなかったのに、ただの白米と野菜だけのお味噌汁であんなに感動してくれて、私も涙が出そうでした。あれから半年がたったんですね~!私はあの時からは価値観が変わりました!当たり前だと思っていた事や、物の大切さをあらためて実感しました!半年がたった今、あの日を思い出して、ちゃんと色々な事や物の大切さを考えてみようと思います!
私は、計画停電を思い出しました。信号も止まる、お巡りさんが手信号で誘導して下さいましたが、それがあまり上手出なく…
何故か、家のあるいっかくだけ停電にならず、悪い事をしている様な気になりました。
桑山様
白米の貴重さ、ブログから感じることができました。
読んでいて涙がボロボロと落ちてきました。
それにしても夜も眠らずによく続きますね。
関心を致します。
再び決壊の恐れ
紀伊半島を襲った台風12号は、奈良、和歌山で合わせて六十人以上の死者を出し、今なお自衛隊や消防団による行方不明者の捜索や復旧作業が続いている。
そんな中、台風15号が沖縄地方に接近し、紀伊半島一体は再び大雨による災害警戒が叫ばれている。なにより心配なのは台風12号で出来た土砂ダムの決壊である。奈良や和歌山には合計八箇所の土砂ダムがあり、これが決壊すれば河川一体の市町村は壊滅するといわれている。
国土交通省近畿整備局の予測によると、決壊に繋がる降雨量は、田辺市熊野で10ミリ、五条市の赤谷で30ミリ、野迫川北俣で50ミリとなっている。17日現在、田辺市の降雨量はすでに10ミリを超えており、今後雨は一週間は降り続くと予想されている。今回の台風15号は前回同様速度が遅く10キロ程度のスピードだという。このため紀伊半島では長いあいだ雨が降り続くことになる。すでに付近住民の避難は始まっているが、大きな被害にならなければと願うのみである。少しずつ復旧がなされてきている途中の段階であるだけに残念である。土砂ダムが決壊し再び大災害なら、奈良や和歌山の河川流域、山間部はもはや住むことはできないといわれている。
そんなことにならなければいいのにと、雨が降り続くずく和歌山の空を見上げ、願っている。
和歌山 中尾
セルフタイマーで撮った写真とは思いませんでした。
あったかいごはんはそれだけで幸せですね。
日本人で良かったと思います。
ささやかな幸せを力に変えて踏ん張ってこられたんですね。
5回シリーズの一枚にこの写真があって何だかうれしいです。
痛烈なブログでした。
飽食に浸っていた気持ちにズシンと来て、「普通のありがたさ」をあらためて思い起こされました。反省です。
今日は、NHKスペシャル「政権交代2年・政治は漂流から抜けられるか」を重い気持ちになっています。漂流中の永田町の皆さん!すっぽりメシを食べて目を-覚ましてくださいよ!!!
2、3日どたばたしていて、たいせつな大切なブログをまとめ読み。寝れなくなってます。
昨日今日と絵本作家さんの松岡達英氏の講演会とワークショップのお手伝いです。
松岡さんも2004年10月23日17時56分 新潟のアトリエでで震度7の震災にあわれる。そして書いて伝える仕事をされているので「 震度7」という本を出された。
その本一気に読み 桑山さんのブログを読み眠れなくなったのだ。
まだまだ 大変でしょうが、ファイト!!
『暖かいごはん』
桑山さんのお顔が、いつもの見慣れた顔と違うな
と、感じました。
いつもは、どことなく「地球のステージ」の推進者(適切な言葉がみつからないのです)としての、桑山さんの立場を感じる表情なのですが、
このお写真は、100パーセント医師のお顔です。これは全くの個人的見解です。念のため。
ブログの内容を読み進めていき、コメントの内容がちゃんと表情に出ておられると、
とても納得しました。
桑山さんのお顔や、お盆の上のご飯を見ながら涙があふれてきています。