コモンルームとしての手芸教室

 ついに、大人の皆さんへの心のケアが出来る可能性が急浮上してきました。

 手芸教室開催の日が近いのです。
 
 今も子どもたち対称の心理社会的ワークショップは続いていますが、いつも思っていたのがお父さん、お母さん、ひいてはおじいちゃんおばあちゃんたちの心のケアだって重要だという思いでした。もちろんみなさん大人なので心の耐性や表現の力は子どもたちよりも発達していると考え、どうしても優先順位としては子どもたちが先と考えてきました。しかし大人だってこの災害によって多くのものを失い、その心の傷に苛まれています。だから大人対称の活動が出来ないかといつも考えていました。
 旧ユーゴスラビアでの心理社会的ケアの一つにCommon Room(みんなの部屋)というものがありました。それはまさに作業療法、デイケアのようなもので、ある部屋を開放しそこに週替わりでいろんな活動をいれていきます。例えばスポーツ、美術、音楽、手芸などです。そこにファシリテーターが入り、緩やかに穏やかに会話を投げかけて心の縛りを解き、物語化を促進していくというやり方です。
 もちろんスポーツや音楽、手芸が前面に出ていますので、子どもたち対称の心理社会的ワークショップのような直接的な問いかけにはなりません。
「最近どうしてます?」
 とか、
「悪い夢見ることありますか?」
 といった、普段の生活の延長線上にある会話から入っていきます。
 今回、ひょんなことから千葉さんという人と出逢いました。閖上生協に勤め、その2階で手芸教室をやったり、閖上地区の老人健康保健施設のデイケア活動として手芸をやったりしていらっしゃいました。
 その千葉さんと意気投合し、「地球のステージ」のあの50畳ホールを使って手芸教室をすることになりました。まずは週1回程度から、編み物教室を皮切りに始められればと思っています。ここに閖上や下増田の女性たちが集まり、わいわいがやがやと緩やかな共同体が生まれるといいなと思っています。
 そして時折桑山などが入り、皆さんと緩やかに「あの日」そして「それから」「これから」を語っていけるようになりたいと思っています。
 まさに旧ユーゴスラビア、ボスニア・ヘルツェゴビナの山間の小さな村シポボで、カウンセラーのスラビッツァとやっていた編み物のコモンルームのような雰囲気になるといいと思います。
9/2-1
 シポボのコモンルームの編み物教室の様子
 語りがゆっくりと進んでいくと「涙の伝線」という現象が起きます。ある女性が少しずつ辛かったことを思い出して語り、静かに涙を流します。するとそれが一人一人の心の中にいろんな想い出を想起させ、みんながそれぞれの想いの中で涙を流します。
 特に誰かが誘導したり、意図したものではないが故にそれは不思議な「包まれ感」をかもし出し、みんなの心が軽くなっていくという経過を辿っていました。
 そんな穏やかなコモンルームになりますように。
桑山紀彦

コモンルームとしての手芸教室」への12件のフィードバック

  1. 大人の心のケアも大切だと思います。子どもにとって周りの大人は、環境の一部です。接する大人はできるだけ優しく包み込むような気持ちでいてもらえれば有り難いです。手芸を通して、心が軽くなっていく・・・素敵な試みですね。

  2.  ガタガタ、バタバタ、と風雨が雨戸を叩く音が聞こえます。台風12号が通過中です。
     昨日より、台風接近に備え家の防備は完璧にしました。西側の窓には板戸を納屋から持ち出しきっちり嵌め、雨戸という雨戸は締めて、玄関には水の浸入を防ぐため砂袋まで用意した始末です。
     そこまで厳重にするには訳があります。我が家は、なんといっても築110年なのです。明治40年に旅館として建築した建物の一部に改良に改良をくわえて住んでいるのです。そんな古い家ですから普段でも子供たちはお化け屋敷と呼んでいます。
    こんなボロ家、台風どころか、ちょっとした雨でも雨漏りは当たり前、いたるところに雨漏りよけの桶を置いている始末。廊下といえば、歩くたびにガタビシ音を立てている。二条城や知恩院の鴬張りよりももっとひどい音がする。まあ、どろぼう除けには充分ですが、しかし、こんなボロ家、泥棒が入るのにも躊躇すると思ってしまう。もし泥棒が入ったとし、あまりのみすぼらしさに、逆にお金を置いていくのではないかと思ってしまう。それくらいの痛みようである。
     そうはいっても古い建築物のいいところは、骨格がしっかりしているところ。梁などは黒光りして堂々とした威容を誇っている。時々は天井を見つめては悦にいったりする。
     そうはいっても、傾きとみすぼらしさは自然災害には耐えようもない。有形文化財になりえない家に住む貧しき民としてはこんな台風はやく過ぎ去ってくれと、ガタガタ震えながら願うばかりである。
     しかしアメリカは凄い。どうしてこんな恐ろしい、あ・ら・し・に、アイリーンとかカトリーナとかいう、カワイらしい名前をつけるのであろうか。大国はこんなところにも心の余裕があるのであろうか。「嵐」は「嵐」らしくもっと怖い名前の方が、このちじこまった気持ちにぴったりくるのであるが。
     どうか、どうか、あばら家が暴風に吹き飛ばされないように祈るのばかりである。
     くわばら、クワバラ、KUWABARA・・・・。
     わかやま  なかお

  3. 閖上地区にとって 桑山先生は本当に貴重な存在ですね。
    大震災のなかにあっても そのように心のケアをして下さる方がおられるのですから~
    小さな 歩みが どうか実をむすびますように~

  4. “赤い消防車の危機”の9/3ドクトルKさんの書き込みを読み、
    心が明るくなりました。きつと、良い方向へ向かうと信じます。
    なかおさんの書き込みにも反応してしまいま~す。
    我が家は築40年。近いうちに建て替えしないと、あらゆる所にガタがきていて、危ない状況になりつつあります。
    築110年で、黒光りのする梁。風情があっていいですねぇ。
    たった40年で建て替えなくてはまずい!というのは・・
    ほんとにまずいです。
    何代も住み続けられるような家を建てる“考え”を持つ国に
    ならなきゃいけないですよね。
    私もいっしょに
    「くわばら、クワバラ、KUWABARA」

  5. 心強い助っ人が 現れ よかったですね。
    やっぱり 桑山さんの周りには 素敵な‘ひと’が 集まってくるんですね。
    手芸好き人間の私、近かったら 飛んでいくのにね~

  6. ひょんな出会いが桑山先生の人柄の良さでつながり、素敵なことが生まれてくるんですね。素敵です!
    出会いは偶然ではなくて、必然だと思います♪
    桑山先生のクリニックで貴重な体験をさせて頂いたので、震災を忘れないようにブログを読んでいます。
    これからも読ませて頂きます。
    ブログありがとうございます。

  7. 23歳の時、私のクラスに他の園に馴染めなかった男の子が転園してきました。男の子もお母さんもオドオドして不安げで笑えない。どうしたら取り除けるのか、若くまだ痩せていた私は考えました。家庭訪問をさせて頂き色んな事を話しました。長くなるので省略しますが、男の子もお母さんも笑うようになり明るくなりました。どっちが先に笑えるようになったか分からんかったけど、子供が笑えば大人も笑えるし、大人が笑えば子供も笑えるようになるんじゃなぁと思った事があります。閖上の大人の皆さんが前進出来ると更に子供達も前進出来るんでしょうね!

  8. 地球のステージのホールが地域の皆さんに開放されるんですね。
    うれしいことです ♪
    ご近所の茶飲み場、たまり場になるといいですね。
    千葉さんとの出会いを大切にしていきましょうね。

  9. 久しぶりにコメントします。
    人が集える「場」の可能性は計り知れないものがありますね。
    数年前に地元の駅前で2年間の
    フリースペース運営をしていた頃、
    月に千人をこす老若男女に利用してもらっていました。
    日頃目的なしに利用してもらえるスーパーの元フードコートで
    日頃は高校生やおばあちゃんたちの休憩の場になっていて、ときには急病人のお世話をすることもありました。
    でも、月に一、二度は企画してミニワークショップをしていました。
    講師の先生もほとんどボランティア、運営スタッフもボランティア、
    布のコサージュ作りや袋物作り、ときにはカウンセラーの先生に自分自身を大事にするコツを伝授していただいたり、手作業しながらのおしゃべりでまた元気になれる、そんな時間でした。
    国際さんのホールが映画のように「キルトを紡ぐ場所」に変身して温かな場の可能性が広がりますように。

  10. 3日昼の、砺波南部小学校のステージ、ありがとうございました。
    私は別のイベントの関係で最後までみることができなかったのですが、女房子供はしっかり見させていただきました。きいた限りでは、児童全員、ちゃんと最後までよい子でみられたようです。
    「場」としての「地球のステージ」の、新たな展開に、敬意を表します。場所として、あるいはNPOとしても、桑山さん個人としても、微妙な役割分担があるように思います。まずは挑戦し、反省や軌道修正を恐れないという地球のステージのあり方を、心から支持しております。

  11. 本当に、桑山さんの発想力と実行力には感心させられっぱなしです。Commonn Room の成果を期待します。
    そういえば、神戸のハプニングも経験と発想力の賜物ですね。

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