今日はミャンマースタディツアーの最終日。首都ヤンゴンに移りました。
到着後に向かったのが日本人墓地でした。
実は今回参加の岐阜の高校教諭、翠(みす)先生のおじさんはこの先の太平洋戦争におけるビルマ戦線で亡くなっています。従って遺骨はここにあるわけで、翠先生の強い希望での訪問となりました。
ビルマ戦線と言えば「ビルマの竪琴」の話しが有名ですが、そのモデルになった人もこの墓地に眠るという、とても大切な場所への訪問でした。
かつて70年以上前ここは戦地であり、日本軍が侵攻していた暗い歴史があります。しかし一方でイギリスの植民地から日本軍がやってきて解放してくれようとしたという見方も実はミャンマー人の中にはあり、それが故に現時点でも敵対を持って見られているわけではないという理解も可能といえば可能です。
しかし、それはある意味「見せかけ」で、イギリスから解放したあと、日本軍はここを支配しようとしていたという視点に立つと、どっちもどっち、何れも良くないことに変わりはないように思います。正しい歴史認識と、一人一人の「人間」の交流が大切だと思いました。
さてその後は買い物です。
スーパーマーケット「オーシャン」で赤木さんが物色するのはミャンマー料理の食材。やはり「料理」という視点でアプローチする赤木さんはきっといつの日かお昼の食事会でミャンマー料理をつくってくれるに違いありません。
あっという間のミャンマー、スタディツアーでしたが皆さんに高く評価され、事務局で担当する舞子さんも、実際にアテンダントする明ちゃんも、総括する僕も、ツアー参加者の皆さんの笑顔に元気をもらいました。
今年の6月には新しく支援対象となる中学3年生が14人も入ってきます。
一生懸命里親を見つけなければなりません。また時期が来たら広報しますので、皆さんも是非この「固有名詞でつながる」ミャンマー事業に参加されてみませんか?
では帰国します。
桑山紀彦