立ち上がる人々

 「今でもゴーという音が耳から離れないんじゃ。最初耳鳴りかと思うけど、すぐに違うとわかる。そう、津波の音なんじゃ。ワシは津波を見てしまったからな。あの黒い津波。目の前をゴーって音立ててみんな飲み込んでいった津波の音が今でもぜんぜん耳から離れん。」

 良介じいちゃんはそういって、目を真っ赤にしました。良介じいちゃんはいつも涙を流しません。ふと気付くと目が真っ赤になっているのです。きっとこらえているんでしょうね。そんな良介じいちゃんの横にはいつも花代ばあちゃんがいます。いつも夫婦二人でやってくる仲のいいご夫婦。家は完全に流され、一旦は増田中学校の避難所に暮らしましたが、やっぱり高齢の二人には辛かったために今は築40年の平屋の貸家に暮らしています。
「でも仮設よりはいいよ。小さいけど庭があったね、花が植えられるんだ。」
 花代ばあちゃんが笑いながら言います。でも良介じいちゃんはちょっと違う考え。
「でもな、情報がぜんぜん入ってこないからな。避難所や仮設の方が人が集まってて情報が入ってくる。こういうアパートや一軒家の借り上げをいすると、みんなから孤立するという弱点があるんじゃ。」
 確かにそれはあると思いました。
 すると良介じいちゃんが言いました。
「ワシな、先週から畑始めたんじゃ。」
「え?じいちゃん畑持ってたんだ!」
「うん、猫の額くらいのもんじゃけどな、東部道路よりも西側じゃから水があんまりかぶらんかった。」
「そりゃあすごい!」
「うん、この前ネギ植えた。」
「ほ~。」
「そしたらな、ちゃんと芽が出てな、少しずつ育っとるんよ。」
「それはよかった~!」
「うん、励みになったよ。そんでその育ってくる芽を見てたらな、閖上に戻りたくなったんじゃ。その健気な細い芽がな”オレもこうやって芽を出すから、じいちゃんも閖上戻ってこい!“って言ってるように聞こえるんじゃ。津波のゴ~ッて音に混じってな。聞こえるんよ。どっちも幻聴じゃろうな。でもな、確かにネギもいっとる“戻ってこい”ってな。」
「それで、じいちゃん・・・。」
「ああ、もちろん戻るさ。絶対に閖上に戻る。小さくてもいい、ワシはもう一度閖上に家立てて住んで、畑耕すんじゃ。」
「あきらめないね。」
「ああ、いくつになってもあきらめんさ。」
 良介じいちゃんのゴ~ッという津波の音も、ネギの声もどちらも本当の声です。
 今日は江里ちゃんのことが読売新聞の夕刊に載りました。南さんという記者さんは元々精神科医でしたが、転身して読売新聞のえらい記者さんです。そんな江里ちゃんの家は、今日1階部分のものが取り出されました。おばあちゃん、お母さん、江里ちゃんは立ち会いを求められました。でも行ってみるとそれは家を取り壊す前段階ではなく、ご遺体の捜索の一環でした。
「こういわないと家の人が付き合ってくれんから。」
 警察の人も苦労しています。
6/13-1
 そして警察官の皆さんはいろんなものを持ち出してきてくれて、
「これも持って帰りませんか?これはいりますか?いりませんか?」
 丁寧に丁寧に聞いてきてくれます。大変な仕事をしているのに、人の優しさをいっぱい出してくれて。みんなががんばってご遺体を探しています。
 
 そうして今日も一日が過ぎていくと共に、今日は九州から田中先生が戻ってきてくれました。しかも出張扱いで。なんて嬉しいことでしょう。明日は田中先生が診察してくれるので奈実香先生がようやく休めます。
 ありがとう田中先生。でも先生がいるときに4月7日の大地震が起きて大変だったから、また揺れが来ないといいなあ、と冗談が言い合えるようにまでなりました。
 水曜日まで九州を代表してうちのクリニックで働いて下さり、次は8月に来てくださいます。
桑山紀彦

立ち上がる人々」への5件のフィードバック

  1. いまも津波の音が耳から離れない人々。こころの痛みや苦しみは想像するにあまりあります。
     いまだに遺体が発見されない行方不明者の方々。ご遺族のことを思うと本当にやりきれなくなります。それでも希望を忘れず、立ち上がろうとしている方々がいると知ると、頑張ってくださいと心より願わずにはいられません。
     震災の影響をまったく受けなかった和歌山にいる僕たちは、逆に勇気を貰っているのかもしれません。
     本当に明日を見つめて、関西の僕たちも、こころは東北の人たちの傍にいます。
     和歌山 中尾

  2. 今日のブログも一歩前進の話題で少し心が洗われました。
    「隣人として接する」桑山カウンセリングが間違いなく後押ししています。一人でも多くの人が救われますように・・・・。

  3. おはようございます。夜中に途中まで読んでそのまま寝ていました。エリちゃんの記事、記者さんにはそんな経歴があったんですね。なんだか妙に納得しました。今朝は寝坊して慌てて4人分のお弁当を作り出勤中。ちょっと涼しいですが、調布辺りで意を決して窓を開けます。
    土をさわるって子供達の成長にもとても大切な事なんですか、お花や野菜の芽が出たり、花が咲いたり、実がなったりって、生きる力を与えられますよね。
    今朝の新聞に福島の酪農家の方が自ら命を絶たれた記事がありました。家族同然の牛とも分かれなけばならなかったし。希望を持って新しい未来に向かって行ける方がいらっしゃる一報で、絶望感で一杯の方も沢山いらっしゃるのが辛いです。 色々考えながらも何も出来ず、日々過ぎて行きます。

  4. 良介じいちゃん 花代ばあちゃん たくましいなあ~
    3月11日以降 とっても気か弱くなったような・・・
    草花と しっかり付き合うようになった。 まいた種が芽をだした。向日葵。霞草。それに とうもろこし。
    仮設住宅ができても 抽選に当たっても 入らない人がいると・・でも 入らないのではなく、はいれないのでは?
    まだまだ 復興には 程遠いと思うけれども めげないでくださいね。

  5. 昨日の読売夕刊、友人が切抜きではなく新聞丸ごとプレゼントしてくれました。
    とても丁寧な記事になっていてホッとしました。「隣人として」寄り添う桑山さん。
    良介じいちゃん、花代ばあちゃんも親戚になったんですね。
    閖上に戻ることを考え始めているじいちゃん。
    畑は命を育むところだから耕す人間もパワーをもらえるのかしら。
    田中先生のおかげで奈実香先生が休めるんですね。田中先生有難うございます。
    奈実香先生、ゆっくり休んでくださいね。

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