朝から豪雨でした。
滝のように降る雨にどれほどの子どもたちがおびえているでしょうか。私たちは災害恐怖症になっているので、雨も、風も、雷もすべてが怖い。自然に猛威をふるわれたその痛手は計り知れないものがあります。それがこういった暴風にも感じられて背筋が凍るんです。決してこれは地震でもない、津波でもない。でも自然が人間に牙をむいてくるという点においては同じ。だからひたすらその自然の猛威にひれ伏すしかなかったその悔しさや哀しさがよみがえってくるのです。朝から胸のあたりがわさわさして落ち着きませんでした。
そしていくつもの心配が・・・。
みんなが入り始めている仮設住居はどうだろう。平屋つくりだから雨が直接屋根にあたり、さぞみんな怯えているのではないだろうか。正さんの船は大丈夫だろうか。大友さんの田んぼは・・・。
たまらなくなりまずは閖上に向かいました。
人っ子一人いない閖上の街。土砂降りと強い海風にクルマごと吹き飛ばされてしまいそうです。平たくなった閖上の街が雨に濡れると、まるで津波が来て去っていったような風景に変わっていました。まるで後ろから大きな波が襲ってきそうな恐怖。何度も引き返そう引き返そうと思いました。でも、正さんの船が流されていたらどうしよう。せっかく海に戻る決心をしてくれた正さんの船。どうか無事でいてくれ、と思いながら破壊された閖上の港に入っていきました。途中の道は陥没してボンネットに水が跳ね返ってきます。雷が光り、轟音が閖上に響き渡りました。
やがて見慣れたボートセンターが見えてきました。その向こうにゆらゆら揺れながら、船が二艘。よかった、正さんの船はちゃんと岸にくっついています。
「よかった~ちゃんとあるよ~」
思わず独り言がでました。船は波と共に上下に大きく揺れながらも
「オレは大丈夫さ。このくらいの波だったらへっちゃらなんだよ。」
と言っているようでした。
続いて大友さんの田んぼにいきました。
水が入ってまるで田植えのあとのようでした。でも真ん中に放置されたあの自動車を見たとき、
「ああ、ここは水没して塩水につかった不毛の田んぼだったんだ。」
と言うことが現実として迫ってきました。
この水が潮水でなかったらどれほど素敵だろう。降り注ぐ雨に蛙は気持ちよさそうにあぜ道に登るでしょう。稲は待ってましたとばかりにぐんぐんその背を伸ばすでしょう。
でも、これは乾いていた塩が溶けて再び海の水に戻った田んぼの姿なのです。
こうして水をかぶり、塩気がどんどん地中に沈んで行くと元の田んぼに戻ってくれるのでしょうか。調べてみると、確かに上から大量の真水をかけることには意味があると言います。でも重要なのはその「排水」。1M近い縦の側溝を掘ってそこにしみ出てきた塩水を流し込みまとめて海の方向へ排出する。すると、やがて田んぼの塩気が抜けていくようです。それを何度も何度もやると効果があると。しかしこの場合ただ上から雨がどんどん降っただけでV字に切れた1Mの排水溝があるわけではないので、やっぱり塩分は抜けていかないようです。何とかならんかな・・・。
自然の猛威にさらされながら、僕たちは雨に打たれて首(こうべ)を垂れながら、じっと嵐が過ぎるのを待つしかありません。でも、去らない自然の猛威はないということもまた、知るのです。やがて太陽が顔を出すときが来ることを信じて待ちます。
桑山紀彦
こちらの雨がやんだ頃 東北地方は雨がどんどんひどくなって行ったんでしょうね。船、台風に負けずしっかりと浮かんでいて良かったです。台風の被害がない事をいのるばかりです。
私にしては珍しく最終の新幹線で北九州に戻りました。
総会とドキュメンタリー映画を見るための
短い関東の旅の間に九州は台風一過。
夜の空気は涼しくも心地よい、
住み慣れた街にホット安堵します。
でも、
昨日は神田川の増水した激しい流れを見ながら、
このまま台風が北上すれば
津波を体験した子どもたちは
どんなにか恐ろしい想いをするだろうと思いました。
雨の影響が少なくてすみますように。
こちらの台風は、多少の雨とちょっと強い風を残して、恐ろしさを感じることもなく過ぎ去って行きました。それでも丸2日ぐずついた天気だったので、東北への影響が気になりましたが、ただ思うだけで申し訳ない気分になっています。
自然の恵みと自然の脅威はどちらが多いのでしょうか?
多分、普段は恵みのほうが多く、自然が怒るととてつもなく強大で人間の力で自然に勝っている部分なんか、ごくごくわずかなものだということを思い知らされました。
それにしても桑山さんのストレートな思いは、被災地の悲痛さがもの痛烈に伝わってきました。
まだまだ心を強くもてない状態の方は多いと思います。
しかし震災前も、自然の力の強さの中で暮らしていたこと
思いだして下さい。
失くしたものが多すぎて全て辛くなってしまいますが、今自分の心と向き合う力は持っています。
自然とともにみんな一緒に生きて行きたい。
桑山先生、涙っていくらでも出るんですね。でも泣けるようになって少し心が楽になりました。泣けないときって胸が詰まるんですね。
今日は雨が上がり、延期になっていた運動会も開催できます。陽が差して来ました。
田んぼの塩害は雨が降ればいいのかと思っていましたが、水抜きしないとダメなのですね。
農地の復旧も急がれますが、仮設住宅建設の方がきっと先ですよね。
普通の生活に戻るまでには本当にたくさんのことをクリアしなければなりませんね。
息の長い支援が必要なのだと改めて思いました。
一度、恐怖を味わうと、また襲って来るのではないかと誰もが考えてしまう。もう自然の災害はいいのではないかと思うのですが、自然は私たちの思惑とは関係なく、被災地に豪雨をもたらせます。
なにも被害のない近畿の和歌山に暮らす僕などは、天はまったく惨いことをするなと思うばかりです。
「心を癒す心療内科医の二カ月」を見ました。桑山先生本当に御苦労さまです。東北国際クリニックも被害を受けていながら24時間の診療時間、くわえて避難所を訪問しての診察、桑山先生の精神の強さに、なはだ頭が下がる思いです。
頑張ってください、という言葉は本当にあの現実をみれば「空々しい言葉」にしか響きません。1年、2年ではかいけつしない「こころ」の問題。深い、深い、傷ですね。でも、僕としては頑張ってくださいとしか言えません。このコメントをとおして、なんとかお役に立ちたい。そう思う、日々です。はたしてお役に立てているのでしょうか?
和歌山 なかお
最近よく感じることですが今の被災地の状況を考えると胸が苦しくなりこれから私たちは精神的にも物質的にも支えていかないといけないと感じます。ただ被災していない福岡は普段と変わらず一人浮いているような状況です。何を悲しんでいるのといった感じです。周りに流され考えないという選択もできるのかもしれないけど毎日ブログを拝見しているとそうであってはいけないと思います。今年中に東北にいこうと思いはじめてます。いつも先生の心のそばに 毎日復興を願い空に祈ってます。