三原市の被災地

今日は朝から三原市医師会病院でこれから支援活動を始める医療従事者の皆さんに「被災後の心のありから、そのケア」についてお話をした後、午前中、三原市の本郷にある生涯学習センターに三原市医師会長の木原先生と出向き、まずは救護所の診察から開始しました。

木原先生たち、三原の皆さんが主人公なので見守る形でしばらく過ごしていました。

避難所には電気が来ており、エアコンが効いているのでこのセンターに避難している人の暮らしはまずまずだと思います。でも水が昨日まで来ていなかったのでトイレが仮設。入り口は尿臭で厳しいものがあります。でもそろそろ水が戻って来る可能性がある(しかし水圧は通常の半分)ので、トイレの回復はもう少しで可能と考えました。

そうしているうちに沼田西(ぬたにし)小学校の避難所に目を痛めた患者さんがいるということで、三原の薬剤師会の方と明ちゃんと共に出かけました。

そこはまさに灼熱の体育館避難所でした。そこで診察を始めました。まず多いのは結膜炎。舞い上がるほこりで目の中にゴミが入りそれで結膜に炎症が起きているものです。今回の豪雨災害は柔らかい花崗岩が砂になって道や家の中に滞積しているので、その影響です。

続いて不眠。慣れない避難所生活でなかなか安心して眠れません。加えて避難所運営がまだまだ整っておらず、トイレや水の管理、ゴミの分別がうまく行われていない状況です。加えてプライバシーを守るための段ボールなどの提供も遅れており、1,2日程度の避難であれば耐えられるレベルですが、もう1週間を越えようとしている現状では眠られないのも当たり前という感じです。

そしてもう一つ、気分がハイになっていて、周りの人が心配になるくらいの状況に陥っている皆さん。 これは「蜜月期」といって、被災から1,2週間ほど続く気分の高揚感ですが、すぐに気持ちのエネルギーは落ちてしまうので心配です。

まさに避難所に見られる多くの症状がどっと起きている状況です。三原市医師会もこれからやることはたくさんあると思います。

そんな中、迫さんご夫妻と出会いました。

迫さんの家は沼田川(ぬたがわ)河畔にあって1回は完全に水没。全く住めない状況で避難所に暮らしています。でも一生懸命被災した時の様子を話してくださいました。

僕の役割はそんなトラウマの記憶を引き出し、つむぎ合わせて、それに伴うはずの感情をくっつける作業なので一生懸命聴き手になりました。明ちゃんも良き聴き手となりすっかり仲よくなりました。

そんな迫さんの家に行ってみると、ほんとうに命からがら逃げた様子が伝わってきます。迫さんも「まさか沼田川が襲ってくるとは思わなかった」といいます。命を脅かす災害の発生はほんとうに突然やってくるけれど、でも迫さんご夫妻はちゃんと逃げることができて良かったと思いました。でも失ったものもたくさんあります。

広島の人は心開いていて、僕のような他人にもちゃんと「あの日のこと」を話してくれます。語りやすい気質が広島県人にはあるのかも知れません。だとしたらトラウマからの回復、PTSDの予防は比較的達成しやすいかもしれません。

そんな広島人の前向きな気持ちに触れながら被災地をあとにしました。

短い支援ではありましたが、これからも医師会長の木原先生とつながりながらやれることをやっていこうと思います。まさに「恩返し」。そんな気持ちで過ごして避難所での時間でした。

協力隊OVの細川さんは直後から尾道市西迫地区に入ってバリバリ救援活動を行っています。みんな、ほんとうにすごい人たちばかりです。

桑山紀彦

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