活動2日目の今日はまず最初に保護者としてのお母さんお父さんに、「なぜ心理社会的ケアが必要か」を伝えるセミナーです。
保護者といってもその多くが両親が殺されていたりするため、親戚や保護義務者の人たちです。総勢30名以上が集まり、このケアモデルへの関心が高いことが分かりました。でも相手は初めてこういった話しを聞く保護者の皆さんです。しかも電気がないのでプロジェクターを使ってスライドで講演、なんてわけにもいきません。
思い切って大判紙にマジックでイラストや文字を書きながら話をしてみました。「トラウマとは何か」「PTSDとは?」「回復の3段階とは?」など、事前に頭の中は整理したはずでしたが、実際の保護者の皆さんを見たら、とにかく分かりやすく話すことが必須です。初めて語るように、例題を出しながら語りと自分でイラストを描きながら説明しました。自分で言うのも何ですが、ほんとうに専門家は難しいことをいかに平易に伝えられるかが腕の見せ所だと思います。何か久しぶりにいい感じで話せたと思いました。保護者の皆さんもたくさん頷いてくれて、みんなシビアなトラウマを経験しているのだということも分かりました。
明日も明後日もこの保護者向けの平易なセミナーは続きます。
さて、夕方はベティたちとの2日目、今日は粘土細工です。昨日取り組んで描いた「忘れられないあの日」を今日は粘土でつくっていきます。片野田さんが最初に粘土の使い方を説明すると、みんなスポンジが水を吸い込むようによく理解していきます。そしていよいよ制作。
ベティは一生懸命昨日の「お父さんたちのお葬式」をつくっていきます今日は僕が横に座り、一緒に制作を手伝いました。そしていろんなことを話しかけていきます。
「ベティ、兄弟は?」
「下に4人、弟、妹二人ずつ。」
「みんな学校に行ってる?」
「うん、今はね。でも、私一番上のお姉さんだけど、今小学校6年生なんだ。」
「どういうこと?」
「内戦で学校に行けなかったから、私19歳だけど、小学校6年生なんだよ。弟妹に抜かれちゃってるんだ…。」
「そっか、でも弁護士になるんだよね。」
「もちろん、誰よりも勉強頑張ってるよ。」
「今日は、紫色の粘土があって良かったね。」
「うん、あの日お父さんにかけられていた布はほんとうにきれいだったんだよ。そして十字架は白かった。」
「哀しかった?」
「うん、12歳だったからね。胸がつぶれそうだった。でも、小さい弟妹がいるから泣けなかった。」
「今は?」
「昨日久しぶりに人の前で泣いたよ。」
「どうだった?」
「すっきりした。人にあの日のことをこんなふうに語ったのは初めてだったんだ。」
「大丈夫だった?」
「うん、他の人の話も聞けたし、みんなも私と同じように涙を流したことが、すごく支えになったよ。」
こうして寄り添いながら、一緒の制作をし、語りかけ、答えをもらいまた語りかける。それを実際に僕がやってみることで、ファシリテーターのみんなが学んでいきます。
今日も村にゲリラが来て焼き尽くした話しを粘土を使ってしてくれたサイモン。肝炎のお父さんが亡くなった時、どうしてもその身体に触れたかったのに、それをさせてもらえなかった話を粘土を使ってしてくれたビビアン。目の前で父が射殺された話を粘土で再現してして話してくれたスーザン。多くの物語と涙があります。
一方でウガンダ人のスタッフは、こんなに多くの涙が語られてもいいのだろうかという気持ちも持ち始めています。
心理社会的ケアはレクリエーションではありません。楽しいレクを提供して心のうさを晴らすとか、嫌なことを忘れさせるという思考でしかなかった「世界」に、この「向き合うことを促していく」心理社会的ケアは、まだまだ違和感があるのも当然のことかも知れません。
スタッフの方のケアも検討しながら明日、「はりがねの人生」に入っていきます。どんな人生の軌跡と将来への展望が表現されるか、また報告していきたいと思います。
桑山紀彦