山形南高等学校蹴球部

 今日は山形南高等学校サッカー部の24人が被災地の清掃にやってきました。

 長男の翔也が部長を務めるこのサッカー部。一人一人の高校生が「自分に何ができるか」を考えた時、やっぱり山形の隣人、宮城の被災地の役に立ちたい、と純粋に思ったようで、相談を受けました。しかし高校生ですからあまり危険が伴う仕事は難しい・・・。いろいろ考えて、人のつながりをたどって次の4つの仕事が思い浮かびました。
1)大友さんの田んぼの清掃
 これは大友さんの田んぼがもう一回緑の苗に輝きますように、と願いをかけました
2)歩さんの消防車の砂除去
 これは、とりあえず腐食の原因となる海岸の砂だけでも取り除くべきと判断して行いました
3)春代ばあちゃんを家に帰そう大作戦
 これは、夜津波の夢にうなされる春代ばあちゃんが「家に帰れたらちゃんと眠れるのになあ」と言ったことをきっかけに、家の中の掃除をし(ちなみに床上浸水です)、ばあちゃんが住めるようになってくれることを願って行いました
4)洞口さんの作業所が再開するための大作戦
 これは、いつも僕たちにおいしいご飯をつくってくれている洞口さんの作業所を修復です。
 
 さて、ブルーのジャージの高校生集団は4グループに分かれ黙々と作業に取りかかりました。今日は決行暑くて、特に田んぼチームは大変だったでしょう。午前2時間、午後約3時間の仕事で実にきれいになりました。そして反省会です。
 まずは大友さんの田んぼ清掃チーム
「田んぼに、こんなものが流れてくるのかというものがたくさんあって苦労しました。時には猫の死骸に出逢って驚いたけど、これが津波の本当の姿だと思ってがんばりました。またきれいにしに来たいです」
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 そして歩さんの消防車の砂除去チーム
「車内の砂を除きながら、この中で勇気ある人が亡くなっていったんだという思いにプレッシャーがありました。でも、この消防車に関われて、本当に良かったと思っています。まだやり残したことが多いので、またやりたいです」
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 それから春代ばあちゃんの家掃除チーム
「一階の居間に畳が戻せて、二階もきれいになったし、春代ばあちゃんが“これで住める~”って言ってくれたことが、とっても嬉しかったです。またきれいにしに行きたいです」
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 そして洞口さんの作業所チーム
「作業所の裏に住むお年寄りの家の周りもきれいにできてよかったと思っています。一人暮らしだと、本当に片付けられないことが多いと思ったので、役に立ててよかったです」
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みんな口をそろえて「また来たい」と言っていました。
 そして最後に翔也の挨拶。
「この被災地をみんなが自分の目で見てくれることで、みんなの心の中に残るものを持ってもらえたと思う。こうして自分ができることを精一杯やることが高校生の自分たちには大切だと思う。またみんなで清掃に来たいと思っている」
 
 たった1日かもしれないけど、こんなふうに高校生24人は被災地で働きました。仙台空港周辺の破壊された家屋も、閖上の平たくなってしまった街にも案内しました。
 大きなバスの車窓からしんと静まりかえった高校生の反応に、真実の伝わりが見えてきました。
 津波はいろんなものを奪ったけど、でも代わりに得られるものもあると再確認した1日でした。
 明日は陸前高田の現場に入ります。
桑山紀彦

山形南高等学校蹴球部」への16件のフィードバック

  1. 山形南高等学校サッカー部の皆さん、お疲れさまでした! 晴れ晴れとした気持ちにさせていただきました。ありがとうございました! 被災してない人たちが被災地の人たちや支援している方たちから「あったかいもの」をいただいています…。今まで失ってきた大切なものを被災地の方々からいただいていくのでしょうね。「復興」ではなく「新生」が始まっている気がします。わたしもそこに行きたいです…。すみません、自己中な考えで…。

  2. サッカー部のみなさん、お疲れ様でした。
    今回の震災、これほど日本中のみんなを動かした衝撃はないと思います。今の若者は…なんてよく言いますが今回の震災では、祖父とガソリンを買いに並ぶ茶髪の若者、物資の仕分をしたり運ぶかわいいマニキュアの女の子、見た目じゃないんですよね。心なんですよね。何だかホッと心が温かくなりました。

  3.    柿本人麻呂の悲しみ
     僕の家の近くに古墳があります。畑や蜜柑畑に囲まれたわが家は田舎そのものです。
     散歩がてらによくその古墳の周りをあるくのですが、和歌山県教育委員会の立看板がなければそこに古墳がるとは誰も気付きません。弁才天山古墳と名づけられたその古墳は、蜜柑畑の中の小高い山の中に、崩れかけた石垣の上にお椀を伏せたように佇んでいます。奈良時代の豪族のお墓のようなのですが、周りを巡りながら万葉歌人のこんな歌を思い出しました。
     大鳥の羽がいの山に
     わが恋うる
     妹はいますと人のいへば
     岩根さくみてなづみ来し
     よけくぞもなき
     現身とおもひし妹が
     玉かぎる
     ほのかにだにも見えぬ思えば
     柿本人麻呂が妻を亡くした悲しさを歌った歌です、
     ----人は死んでしばらくの間は山の奥などに生きているときとすこしも変わらない姿をして暮らしているものだと、老人などのいうことを聞いて、亡くなった妻恋しさのあまりに、もしやと思って、岩を踏み分けながら、骨を折って山のなかを捜してみたが、それも空しかった。ひょっとしたら在りし日さながらの妻をちらりとでも見られはすまいかと思っていたが、ほんの影さえも見ることができなかった。----
     ニュースで、行方不明の妻や、息子の遺体や遺品がないと、捜しもとめる遺族の方が報道されると、その映像を見るたび、その人たちは自分の肉親の死を受け入れられるのだろうかと悲しみのうちに思ってしまう。
     頭に浮かんだ人麻呂の歌を思い出しながら、平穏な日常の自分はこれでいいのだろうかと、問いかけてみる。
     東日本大震災の死者の数ーーー12,259人
           行方不明者ーーー15,000人以上
     被害はあまりにも、大きすぎる・・・・。
        和歌山  中尾より
               参考文献ー堀辰雄著「大和路・信濃路 古墳」ー訳文引用

  4. サッカー部の高校生本当にありがとうと言いたいです。
    感謝の気持ちでいっぱい。
    悲しい気持ちの中、暖かい気持ちを与えてくれた彼らを誇りに思います。
    先生もありがとうございます。

  5. 被災地には全国、海外からもたくさんのボランティアの方が入られてお力を貸してくだっています。
    残念ながら、人手が足りなくとも受け入れ体制が整わずボランティアをお断りしている自治体もありました。
    地域により、問題もあるとは思いますが、お力を貸していただける人がたくさんいるのに、現場には入れないのが実情です。
    未曾有の大災害で復旧が遅れれば、今元気な地域の方たちも、地域の回復が遅れるほど気力体力が落ちてしまわないか。職員の方たちの疲労は蓄積されるだけではないかと、思われます。
    過去の地震、津波の時とは比べられない被害の大きさに立ち向かうにはたくさんのかたのお力をお借りするときではないかと思います。

  6. 山形南高等学校サッカー部のみなさん お疲れ様でした。
    ありがとうございます。
    たった一日かもしれませんが 大きな一日だったと思います。
    被災された方々も 若いみなさんの 爽やかな行動に力付けられたことでしょう。
    本当に ありがとうございました。
    やっぱり 桑山さんには 素晴らしい応援団がいると 思いました。
    今まで しっかり生きてこられた 証ですよね。
    さあ 私も 我が町の子どもたちの待っている保育園に いってきます。

  7. 夜中にブログを読んで、書き込んだ様な書き込んでないような…今、通勤電車の中でもう一度読み返しました。それぞれのグループで違う作業しながらも、皆、また、きたい。体験して、自分に出来る事がまだあるっと思えたんじゃろうね。やりがいもあったんじゃろうね。やっぱり、日本の若者もたいしたもんじゃ。日本のおばさんも頑張らんにゃいけんちゃね。

  8. サッカー部の皆さん、お疲れ様でした。皆さんが清掃をして、片付いたこと以上に、大きな意味があったと思います。
    翔也くん、大切な仲間と経験や思いを分かち合えて良かったですね。

  9. うれしくて涙が出た!
    桑山さんに加えて山形南高等学校サッカー部も応援するぞ!
    もっともっとうれし泣きさせてくれ!

  10. 翔也君を始めサッカー部の皆さん、お疲れ様でした。
    これからも繋がれる所でボランティアができて良かったですね。
    若い皆さんが元気に動いている姿を見るだけでも元気をもらえます。
    未来が明るく感じられてうれしい記事でした。

  11. 山形南高校のサッカー部のみなさんお疲れ様でした。
    私もみなさんと同じように直接被災された方の力になりたいという気持ちはいつももっています。でも、東北からは遠い岐阜に住んでいる高校生の私は、現地へ行くことはできません。
    でも、被災地に近いからできることがあるなら被災地に遠いからできることもあると思います。
    だから、被災地から遠い岐阜で被災された方の力になれることを見つけて1つでも多くやっていきたいです

  12. 山形南高校の皆さんありがとう。
    涙が出ました。春代ばあちゃんもよかったね・・。
    閖上も少しずつ春が来ましたか?
    名古屋は今日が入学式でした。
    皆さんの心にも元気の芽が出てくるといいです。
    私もできること探して夏にはいきたいです。
    がんばれニッポン!
    新しい日本ができているのだと実感します。
    桑山Jr.も素晴らしいですね

  13. 与える教育ではなく体験で何かを分からせる場を作って若者を育てようと試みる桑山さんはすごいです。

  14. みなさんコメントありがとうございます。
    最初は不安もありましたがみんな本当に頑張ってくれました。
    これからも被災地から遠くて行きたくてもいけない人たちの助けたいという気持ちと共に活動して行きたいと思います。
    本当にありがとうございました。

  15. 桑山さん、山南サッカー部のみなさんの活動に敬服します。
    鶴岡はほとんど被害はなく、福島を中心とする被災者の受け入れ、救援物資の収集、運搬を行なっています。
    鶴南サッカー部としての活動は、残念ながら行なっていませんが、部員の中の何人かが、救援物資の整理等のお手伝いに参加しました。
    これから、行政として、市民として、親として何ができるか、するべきかを考えて、一日も早い再生に向けて行動したいと思います。

  16. サッカー部のみなさん、お疲れ様でした。
    >みんな口をそろえて「また来たい」と言っていました。
    こうやって、人と人は繋がり、自分の居場所を見つけていくのですね。

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