今日は土曜日、イスラエルは完全に休みに入り、バスも動かなければスーパーも開いてません。
だから活動は全く休止で、今日は久しぶりの休日。
3月11日の「追悼の集い」に始まった激動の時期は、引っ越し、開業、熊本地震、東ティモール、パレスチナと続き、3日と同じ場所で寝たことがないまさに「難民」状態の日々が続いています。もちろんここエルサレムも「地球のステージ」エルサレム事務所に寝泊まりしているので、またまた3日と同じところに寝たことがない日々に変わりありません。
それでも今日は2時間ほどエルサレムの旧市街を明ちゃんと歩きました。
最近「地球のステージ」公演に続いてそのまま高校生の皆さんと座談会、交流会に入ることが多いのですが、そこで結構良く出る質問に、
「今まで訪問した世界の国々の中で、どこが一番好きですか?」
というものがあります。僕は決まって、
「国ではないけれど、一番好きなところはエルサレムの旧市街です。」
と答えています。理由は、
「この小さな世界遺産の街の外では憎しみと争いが絶えないのに、この小さな街の中では本来争っている国ものもの同士が普通に肩すれ違わせて暮らしている。人間やればできる!と思わせてもらえるそんな街だから。」
5月のすがすがしい空気の中、いつものように、アルメニア食器屋さんのファジールさんを冷やかして、土産物屋のスレイマンさんに挨拶をして、イエスが磔刑に処せられたゴルゴダの丘にたつ聖墳墓教会にお参りをして、イエスが十字架を背負って歩かされたビア・ドロローザを逆に歩き、アラブ人のスーク(市場)で、ステージ用の白の衣装と、日本では全然売っていなくなった色つきのブリーフ(パンツ)を買い、ダマスカス門にタッチして、戻る道の途中で先出のファジールさんの食器屋で買い物をして、最後はヤッフォ門まで帰るというルートで歩きました。
やっぱりエルサレムはいい。落ち着きます。
それでも今日はそのアルメニア食器屋のファジールさんがどうも僕が買った食器の値段に「ふっかけ」をしているように思えたので、息子が開店した宝石屋に行ったときに値段を正して、まず350シェケルが280シェケルになったのはいいのですが、昼ご飯食べている間もずっと、
「こんなに長く付き合ってきて、食器をいっぱい買ってきたのに、なんか絶対僕にふっかけているんじゃないか?いつも何も言わないで買ってしまっていることも良くないのかもしれない。」
という思いがぬぐい去れず、もう一回ファジールさんの店に行ってはっきりと、
「ねえ、今回の食器の値段、ふっかけてない?」
というと、ファジールさんなりに考えて、
「わかった。でもこれは価値あるものには間違いないんだ。それでも他の人にはディスカウントしていたのに、君には高めの値段で言ったのは本当だよ。これからもいい友人でいたいので、この値段にするけどいいかな?」
そして値段は230シェケルになりました。350→280→230…。
僕たち日本人は駆け引きが始まるとついつい抑えがちで引きがちだけど、言うべきところは言う方がお互いの関係の正常化のためにはいいと思うのです。長い付き合いのファジールさんだけれど、今日ははっきりと意見が言えて良かったと思いました。もやもやした関係を続けるよりも、しっかりと自分の思いを伝え、相手の思いも聞いて結論を出すことがよほど前向きだと思いました。
こんな出逢いとやりとりがあるエルサレム旧市街。
初めてこの旧市街を訪れたのは医学部の6年が終わって国家試験の結果を待つ1ヶ月半、ヨーロッパと中東をとぼとぼ歩き続けた中でたどり着いた24歳の4月。もう30年近く前になります。まさか13年前からガザに関わり、2年前にはそのエルサレムに事務所を置くことになるなど考えてもいませんでしたが、人生はこうやって続いていくんですね。
ちょっと緊張したけれど、本音が言えて良かったエルサレム旧市街での出来事でした。
彼の地の味わい深い言葉の数々。人間っていいもんですね。世界中が穏やかに暮らせないものでしょうか…しがらみこえて地球人どうしとして。スリランカの宗教民族の争いを論争ではなく対話でのりこえようと頑張るご夫妻のニュースをみました。世界中で試みるべきだと感じました。武器よりほほえみが愛が一番必要な世界です。
私もよく言いたいことを我慢することがあります。
でも、相手と良好な関係を保つためにはしっかりと言うことも大切なんですね!!!
エルサレムの旧市街いいですね!
写真を見るだけで和やかな気持ちになれます♪
日本人の遠慮気質(おくゆかしさ?)は必ずしも通じないということですね?
日本では考えれない厳しい環境下で育まれた寛容の心~心して受け止めなければいけないですね。