地に堕ちる自分

人に向かって決して言ってはならない言葉を言ってしまった。
 ガザでの活動の後、イスラエルを飛行機で出るのは大変だ。テルアビブ空港で、厳重な荷物チェックに曝される。航空会社のチェックインカウンターに行く前に、巨大な荷物検査場があり、そこでひどい目に遭わされる。理由はたった一つ、「ガザで活動しました」と言わなければいけないからだ。僕たちはここで決して「観光してました」などと嘘をつかないと決めてきた。そうやって切り抜けると楽かも知れないけど、元々ガザ入域&出域のスタンプもあるし、なによりそんな言葉を吐いたら、あのすばらしいガザの子どもたちとの活動を汚すことになるからだ。だから正直に「ガザにいました」という。そうすると、荷物チェックの危険度が一気に最高の「レベル6」になって、荷物すべてにヘブライ語と英語のの「6番」のシールが貼られる。
6番
実物の「6番」
 その番号の荷物を張られた僕たちは、人を人とも思わない検査場の奥にある台の上に荷物を載せるように命じられ、人間として生きていく上でどうしても持っておかなければならないものまで人前にさらされて、人格を壊されていく。
 僕の目の前で、汚れ物に近いものをまさぐるその人物は空港でセキュリティを管理する民間会社の人間だ。
 彼らとて、人の心を汚すようなその行為をしたくてしているのではないだろう。食べていくためにその仕事を得、日々自分を殺しながらいつの間にか、「国家の安全」の名の下にどんなひどいことでも出来るような人間になってしまったのだろう。
 「6番」のシールは滅多なことでは張られない。通常の観光客は1番か2番。この人たちは3次元エックス線透視装置を通った荷物を持ってすぐにチェックインカウンターにいける。時々3番や4番を張られる人もいる。すると、その「奥の荷物台」の上に荷物を載せ、ハイテク装置によって画面に映し出された内部の3次元映像に基づいて係員が荷物をまさぐる。しかし一通りかき回せばその仕事は終わりを告げ、ものの10分くらいだ。でも5番のシールはそれよりも少し厳しく鞄の中のさらに小さいバックの中も見られておよそ30分。それでもちゃんと解放される。
 「6番」のシールは、最悪だ。身体検査では別室につれていかれる。暗証キーがないと入れない拷問部屋のようなところだ。そこではズボンをおろされ、パンツに金属探知機を当てられる。ズボンのジッパー部分がどうしても金属に反応するからなのだろう。大の男二人が「こいつ局所に何か仕込んでいるのでは」、とまさぐり続ける。
 僕はこんな目に遭わされ悔しくて仕方ないが、じっと我慢する。この者たちに反撃したとて、所詮はやとわれの警備会社の人間だ。国家のバッチを背負ったものでもないし、ましてや軍でもない。ささやかな反抗はすなわち逮捕を意味し、出国が遅れ、ステージもキャンセルだし、クリニックでの患者さんの診察も出来ない。ひたすら我慢しかない。
そしてこう思うのだ。
 「ダルウィーッシュやモハマッドたちはもっとひどい目に遭わされている。人権を踏みにじられ、愛するものを一方的に奪われ、放り出され、傷つけられ、踏みにじられてきた。そんな僕の最愛の友人たちがそこにいたら、きっと言うだろう。
「ケイ、そんなことでカッカするな。そこで反撃してしまったら彼らの思うツボだ。そんな罠に引っかかっちゃいかん」」
 そう思って、今日もじっと我慢した。
 また検査台に戻ってみると、隣ではあきちゃんが人前で衣類も全部開けられている。見ているだけで腹が立つ。
「俺たちが何か悪いことでもしたんかい。ただガザで活動してきただけだろうが。俺たちのどこがテロリストなんだ」
 明ちゃんもじっと我慢しているが、プリンターが何かに反応したために、さらにチェックが厳しくなっている。それは、あの絵を描いてくれた子どもたちの写真を、その日のうちにプリントアウトして、翌日の海に行った日に渡すために印刷したプリンターだ。子どもたちはまるで奇跡が起きたかのように、その写真を大切に大切に持ち帰っていった。それをプリントアウトしたプリンターが、爆発物の扱いを受けて、別送品として送られることになった。この人たちは人間なのだろうか。同じ人類なのだろうか。神がいるとしたら、どうしてこんなことを許しておられるのだろうか。
「神様、どうか彼らをお許し下さい。彼らは自分が何をしているのかわからないのです」
というイエス様の言葉が頭をよぎる。でも、あれからもう2000年以上も過ぎているのに、どうして人類はこんなひどいことを平気で続けているのだろうか。
 もう2時間半が経過した。次から次へとやってくる観光客は、身ぐるみ全部さらされて下着までまさぐられている僕たち二人を不思議そうに見ている。
「どうしたんだろう、テロリストなのか?」
そんな目だ。
 でも、僕たちは決してこのひどい扱いに負けない。ここで自分を乱したら、彼らの罠にはまるのだ。心を平静に保ち、どんなひどい扱いを受けても、心の中でこう思い続けるのだ。
「かわいそうな人たち。自分がどれほど愚かなことを“させられているのか”わからないのだから」
そしてもっと考えれば、この人たちの祖先は、ドイツやポーランドでひどい目に遭ったのだ。ユダヤ人と言うだけで銃の底で小突かれ、引き回され、親兄弟の前で辱められ、そして殺されていった。そんなひどい目に遭った彼らの祖先が、生きる活路を求めてこの地に国家を築き、その安全を守るために必死でこの愚かな「まさぐり」行為をしているに過ぎないんじゃないか。
そう思えば、僕の担当をしている若い係員が愛おしくもなってくる。思わず声を掛けた。
「大変だね、この仕事してたら、疲れるでしょ」
「ああ、大変だ。心が変になって、君のような精神科医にかからなきゃいけなくなっちゃうよ」
僕の下半身に金属探知機を当てたその若者が応えた。下半身をまさぐる彼を上から見ると、短い髪のうなじがカールしながら少し伸びていた。パレスチナ人と同じ髪型だ。
この若者にも父母がいて恋人がいるんだろう。
何も好きこのんで、この日本人に3時間近い時間を掛けてパンツの中のゴミまでも金属探知したいわけがない。そう思うと怒りが消えていく。
 いよいよ僕のチェックが終わりを告げた。チェックインしてゲートへ進めと言うが僕は言った。
「うちの仲間がまだだ。彼女が終わるまで待つ」
一瞬担当している複数の係員がこっちを見た。何かまずいことでも言ったのか?
「わかった、待っててもいいが、そこを動くな」
老けた厚化粧の女性係員が命令してきた。どうも上司格らしい。見るからに意地悪そうで”人権踏みにじり派”という感じがぷんぷんしてくる。僕の担当だった若者はそこで仕事の担当から外れ、去っていった。
明ちゃんがボディチェックに連れて行かれると、残ったその女が聞いてきた。
「どういう関係だ?」
「一緒に活動してるんだ」
「なぜ先に行かない?」
「いつも一緒に行動している。自分だけ先に行くことは出来ない」
女は怪訝そうな顔で、
「どんな人間も、この検査が終わったらとっとと先に行くぞ。なぜおまえは行かない」
「仲間を置いて自分だけ先に行くという思考が自分にはない。たとえ飛行機に遅れようとも、仲間を置いて自分だけゲートにはいけない」
女はますます怪訝な顔になったが、それ以上の追求はやめたようだった。
 明ちゃんがボディチェックを受けている間に係員が検査が終わって爆発物ではない=「シロ」になった荷物をもう一回旅行鞄に詰め始めた。彼女の荷物はひっくり返され、かき回され、まさぐられ、見るも無惨に盛り上がっている。それを係員たちは適当に詰め込んでいた。手を貸そうとしたら、
「おまえは触るな」
なるほど、触ったらもう一回最初からやり直しというわけだ。
どうしたら、こんなに雑に人の荷物が扱えるのだろうかと言うくらい、心ない動きで荷物が詰め込まれていく。もうこの者たちには相手の気持ちを思いやるという心はなくなってしまったのだろう。しかしここでいらいらしたら、やはり彼らの作戦に引っかかってしまう。だからここも「我慢」だ。
 明ちゃんが戻ってきた。いよいよゲートへ向かえる。何とかぎりぎり飛行機の出発には間に合いそうだ。
 しかし先ほどから威嚇してくる例の女が言う。
「おまえたちは決して言葉を交わすな。私を挟んで離れて歩け」
突然カッとして頭に血が上った。
「(なにをいうか!)」
 そう反撃しようとしたが、以前アメリカの荷物チェックの時、エックス線透視装置から出てきたあきちゃんの荷物に親切心で僕が手を掛けたら、いきなり二人とも別室に連れて行かれたことがあったので、これは二人で協力して悪事を働くことを警戒しているのだろう、と思うようにしたが、気持ちが収まらない。
 人混みの空港の中を進んでいくとどうしても僕とあきちゃんの距離は縮まる。するとその女が言うのだ。
「ほら、そこ離れて!」
僕はこの女に何を命じられているのだろう。
この女はいったい何を命令しているのだろう。
頭に上る血がぐつぐつと沸騰してきた。
本当は明ちゃんと話したかった。
「今回は久しぶりに大変だったね~」
「まあ、これも経験だよな~」
「日本が3対1で勝ってるみたいなんだよ~」
そう話したかった。だって、ずっとガザの活動を一緒にやってきたパートナーなのに。なんでその人と「離れろ」「話すな」とこの女は命じているのか。
それは神や、仏が命じていることなのか。
 パスポート・コントロールのセクションに至るとその女はどこへ僕たちを通すといいのかたじろぎ始めた。僕たちには威圧してくるのに、自分の上司や軍関係者にはヘコヘコしている。そして、ふと思ってしまった。
「こいつのどこを突けば一撃で倒せるだろうか。こいつをどうすればねじ伏せられるだろうか。」
 暴力をふるおうと考えた自分だった。まずい思考だ。「負け」が見えてくる。
 でも頭はカッカとしていて全然収まらない。自分を辱め、明ちゃんを辱め、さらには一心同体でガザの困難を切り抜けてきている僕たち二人を引き裂いている。
 この女がしていることは、絶対に許せない。神の天罰があたるのはもう待てない。自分が一撃を加えてやる、と真剣に思った。
 でも明ちゃんはじっと耐えている。さぞ悔しい思いをしているだろうに、うつむいてじっと耐えている。それを見たら、一撃加えて倒そうなどと考えた自分が情けなく思えてきた。冷静になるほんの一筋の光が差した気がした。でも、頭に来た感情は抑えきれず、ついにその女が別れ際に、
「こっちへ来い」
と命令した瞬間、
「おまえはバカか!恥を知れ!死ね!」
と日本語で口走ってしまった。
 負けた。ついに負けた瞬間だった。
 心を汚された上に罠にはまって、こちらが邪悪の世界に落ちてしまった。しゃべってはならない言葉を口から吐いてしまったのだ。
 もう「ガザ危機篇」で「死ねっていったらいかん」と言えなくなってしまった。あれほど空爆が恐ろしくて、「死」が身近に迫ってきた日々を耐えられたのに、そんな自分がどんなに辱められたとはいえ、人に向かって「死ね」と言ってしまった。しかも相手にわからないように日本語で言ったことはかえって卑怯ではないか。
 堕ちた人間に辱められて、僕も堕ちた人間になってしまった。
 ガザで子どもたちと絵を描き、海に行って、たくさんたくさん期待され、これからもこの人たちのために必死にガザに通い続けようと誓ったはずなのに、僕は人間として堕ちた行為をしてしまった。それが堕ちた人間の罠であっても、堕ちた人間からの誘いであっても、あの子たちの笑顔と願いを考えれば、言ってはならない言葉だったのに。
 僕は堕ちてしまった。
 その言葉を吐いた瞬間、あきちゃんの表情がこわばったのがわかった。
 追い詰められたとはいえ、桑山が「死ね!」と言ってしまったことが、最大のパートナーである明ちゃんにも知れてしまった。
 僕は、どうすればいいのだろう。
「弱い人間なんです」
では、済まされない。最悪の日になってしまった。
桑山紀彦

地に堕ちる自分」への9件のフィードバック

  1. 桑山さん 泣きながら読ませていただきました。
    こんな大変な検査を毎回受けるの覚悟の上、ガザまで命がけで出かけられていたのですね。
    これが、争いのある国の実態とは。
    桑山さんご自分を責められてるのが、つらいです。
    人としての尊厳すら、踏みにじられてもご自分を責めてしまうやさしさ。口に出すか、出さないかの違いで誰もがここまでされたら、思うことではないでしょうか。
    日本なら人権侵害と言われることではないでしょうか。
    よくここまでお書きくださいました。平和な日本では、考えられないことが世界で起きていること、教えていただきました。
    みんながお二人のお帰りお待ちしています。

  2. 桑山さんの告白は胸が痛いです。どれだけの思いをしてガザに通っているのか・・・。
    本当に心が壊れてしまいますね。
    飛行機の中ではあきちゃんと二人、ゆっくり言葉を交わせたことと思います。
    お二人の心の傷を癒す術があるように、と祈るばかりです。

  3. 「人に死ね!と言ってはいかんのじゃ」
    普通に、健全に生きている人や、強い人には通用する「正しい」メッセージ。
    でも、弱い人、辛い毎日を送っている人、人権を無視されている人・・・
    自分を奮い立たせようと『否定的な言葉』を発することがあります。
    『肯定的な言葉』は、言葉を発する本人を明るい方向へ導くと思っていましたが、『否定的な言葉を発することで、自分を保つ』こともあることを、日々感じています。
    傍で聞かされるのは、とても辛いものです。しかし、心の中で我慢を続け、だんだん小さくなっていく存在を感じるのはもっと辛いです。私が耐えられる間は聞いてあげよう、我がパートナーをそう思って日々過ごしています。いつかきっとお互い心が軽やかになるであろう時を思って。
    率直に、自分は弱いんだ、と言えるDr.K は素敵です。
    そんなあなたが好きです。決して自分を責めないでください!!

  4. 東ティモールの空港で、スーツケースの検査を受けたことがあります。
    これまで、一度もされたことがなかった私は、ちょっとショックでした。
    これまで、スーツケースや手荷物は、自分の意思で開けるもので、他人に「開けなさい」と言われて開けるものだとは思っていなかったからです。
    何ひとつ、やましいものは持っていませんでしたが、検査官の手が荷物をさわるたび、何か、落ち着かないような、恥ずかしいような、そんな気持ちになったのを覚えています。
    時間も、おそらく、1~2分くらいだったのでしょうが、10分くらいには感じました。
    「彼らも仕事だからやっているんだよ」と、一緒にいた他のNPOの方が言っていましたが、少し、気分が悪かったです。
    桑山さんとakiちゃんが受けた検査は、こんな微々たるものではなく、人の尊厳や人格まで否定されるようなものだったのですね。
    これまで何度もこんな目にあいながら、パレスチナに通っていたのですね。
    教えてくれてありがとうございます。

  5. 弱い人間なのではなく、同じ人間なだけです。
    神でも仏でもない、生きている人間なんです。桑山先生も、厚化粧の人も…。
    いつの世も、殺す側も殺される側も同じ地球人なんです。
    悲しい思いや悔しい思いをしながら、今自分がしたいことをできないでいる、思いとは違う事をしなくてはいけない人がいるんです。
    先生の悔しい気持ち、わかります。
    ご自分の口から出た言葉。
    桑山先生も同じ人間なんです。

  6. 今日の公演とても
    素晴らしかったです!!!
    本当に桑山さんが
    かっこよかったです。
    そんな心を持ちたい
    っと思いました★
    そんなに自分をせめないで
    ください….
    確かに言ってゎ
    いけない言葉ですが
    皆同じ人間だから
    相手に対して色んな感情を
    持ってします。
    『死ね』と
    言われた方も
    言った方も
    周りの人も
    きっといい気ゎしない.
    ですが
    それを言ってしまった
    桑山さんゎ
    これから
    どお生きるかが
    大切だと思います。
    これから
    決して使わないのか
    それとも
    何も気にも止めずに
    傷つけあうのかゎ
    桑山さんしだいだと
    思います。
    私ゎ今日の桑山さんの公演で
    ものすごく強くなったし
    考え方も変わりました。
    本当に
    ありがとうございました!!!♪

  7. 這いつくばるまでになった人は…そこに一緒にいる方から…高められるのです…。本物に…また一歩…近づかせていただきましたね。人は本物の謙虚さからだけ…高められることを…味わうことができます。桑山さん、よかったですよ。
    また…強くされましたね。「人は弱いときこそ…強い」と誰かが言ってましたよね。   山しん。

  8. 桑山先生、おかえりなさい。
    昨日の鹿野でのステージ、見に行かせていただきました。
    いつもブログを見ています。
    帰国前のお話も読んでいたので、どんなお気持ちでステージにいらっしゃるのか、そのことがずっと気になっていました。
    かける言葉も見つからず、黙ったまま会場をあとにしてしまいました。
    今年はまだあと数回、周南にいらっしゃると聞いています。
    わたしの学校にもぜひきていただきたい、と思いつつ、思うだけでこれまで何もできませんでした。
    でも、今年は、先日やっと、管理職に相談することができました。
    今年すぐに…とは、話が進みそうにありませんが、いつかきっとお招きしたいと思います。
    わたしの大好きな生徒達にも、ぜひ先生のお話を聞くチャンスを作りたいと思います。
    次にお会いできることを、楽しみにしています。

  9. 強権で踏みにじる国の実態を知ることができました。
    桑山さん、辛い経験をお話し下さって本当にありがとうございます。
    このようなブログがあるからこそ、平和な日本に住む私でも世界の実態を知ることができます。
    「弱い人間なんです」では済まされない、と卑屈にはならずに自分を見つめた桑山さんに敬意を示したいです。
    なんだか、自分がちっぽけな人間に思えてきました。
    辛い経験をされましたが、ご自分をあまり責めず、今回の経験をこれからに生かせばいいのだと思います。桑山さんは、今回の事件があったので、もう絶対に圧力に負けたりしないと思います。
    自分を振り返ることで、辛い経験も財産にすることができます。
    自らへの戒めもこめて、「死ねというのはいけない」と日本のみんなに叫びつづければいいのではないでしょうか?
    桑山さんの「観光していました、という嘘はつけない」という部分を拝見した時、正直に言うと、「出国のためなら手段として嘘をつくくらいいいのではないか」と思ってしまいました。機械のような体制に対して正直になる必要があるのかと。
    しかし、桑山さんの「子供たちとのことを踏みにじれない」という言葉にハッとさせられました。私は不誠実な人間だと気づかされました。
    不正を、不正でもって制していては、理不尽な体制を変えることはできません。改めて、自由を実現することの難しさを感じます。
    やはり「観光に行きました」というのは良くないですね。
    私なら、こうします。
    「ガザ」という単語を出すと、非人間的な機構のもとでは下っ端の係員は機械的に対処せざるを得なくなってしまうので、言い方を曖昧にして、桑山さんにとって不利益なことは隠してしまえば良いと思います。嘘にならない程度に。そうすれば、ガザの子供たちを裏切ることにもならず、保身にもなります。たとえば、「知り合いの子供たちに会いに行った。/友人を訪ねた」という風に。「ガザ」という言葉がNGなら、地域名をぼかすのです。
    相手が考慮してくれないのなら、こちらが柔軟に対応していかないと、衝突を招いたり、被虐されることになると思います。
    スタンプのこともありますし、私の行ってるように簡単にはいかないのかもしれません。安易な発言をしてしまい、もしお気に障られましたらすみません。
    この問題は、一介の大学生が考えるには重大すぎる問題です。大学生の私も皺の少ない脳味噌で精いっぱい考えていますが、良い解決方法が見つかりません。人権というのは口で唱えるのは簡単ですが、実現するのは難しい。
    その厚化粧の女係員も、「テロを防ぐためには人を信用して油断してはいけない。どんな手段をとってでも防がなければ」という強迫観念に囚われていて、人権侵害することに慣れてしまっているのだと思います。そういういみでは、その人も被害者であるといえます。
    ただ、桑山さんとあきさんがこのような目に遭い傷つくのはもう二度とあってはならないと感じます。そのための解決策を共に考えていけたらと思います。

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