真奈美ちゃん

4年前に亡くなった我が親父には末っ子の弟がおりました。
 4人の男兄弟の末っ子であるその邦雄伯父はたいそう奔放で、「さすがに末っ子」という感じの自由な雰囲気がありました。
 そんな邦雄伯父が大好きな僕は、小さい頃から仲良く、よく遊んでもらいました。
 そんな伯父が昭和50年代初期に静岡市で写真屋でDPEを始め、「その日のうちにプリントします」という今では当たり前のことを、誰よりも先に売り出して大成功したことを良く覚えています。
 しかし、奢れるものは久しからず。
 伯父は次第に酒におぼれていき、たくさんのものを失っていきました。それと同時に、当時の奥様が重い心の病にかかり、入退院を繰り返していました。その転がるように人生の坂道を落ちていく伯父の姿が、とても哀しかったことも忘れられません。
 しばらくして離婚した伯父でしたが、この夫婦の間には真奈美という娘がおりました。
 たいそう美しい娘さんで、僕にとっては血のつながった従姉妹(いとこ)にあたるわけですが、男ばかりの従兄弟衆のなかで、ひときわこの真奈美ちゃんの存在がまぶしく、逢う度にドキドキしていたことを思い出します。
 でもある日、
「真奈美はお母さんと暮らすから、今日から桑山の家の人ではなくなるんだよ」
 とお袋に告げられたとき、心の中に穴が空いたような気持ちになりました。僕よりもたった2つ上の年齢ですから、どこか恋心に近いものがあったのかもしれません。
 それから35年。
 一回も逢うことなく月日は流れていきました。
 でも静岡のステージがある度に、
「この街のどこかに、血のつながった従姉妹、真奈美ちゃんが住んでいるのかもしれない」
 と思いを巡らせていました。
 僕の二つ上だから、子どもが小学校や中学校に通っているかもしれない。ひょっとしたら「地球のステージ」を公演した学校の父兄として見に来ているかもしれない。
 そんな淡い期待をしながらの静岡公演の数々でしたが、名乗り出てくれるわけもなく時間は過ぎていきました。
 そして邦雄伯父は余命があと3,4ヶ月になってしまいました。
 仕方ありません。医学は手を尽くしてくれています。でも戻れないこともあります。最近名古屋や岐阜の公演が多いので、しょっちゅう入院先の病院へお見舞いに行っています。
 そして、現在の奥様の栄子さんに先日言われました。
「あのね、のりちゃん。夫は自分の死期がわかっているもんだからね、最期に一目真奈美ちゃんに逢いたいって最近よく言うのよ。
 実は一月前に私の方から真奈美ちゃんに手紙を出したんだけどね、全く音沙汰がないの。2年前までは年賀状も来ていたんだけど、去年と今年は出したけど向こうからは来なかったわ。何かが起きているのかしらね。
 別れた奥さんの子どもだから気を遣うし、電話番号は教えてもらえてないの。
 でもね、住所はわかるんだ。のりちゃん、見つけてこれない?」
 明後日木曜日は静岡公演です。
 全力で探します。でも、真奈美ちゃんはもう「桑山家」には関わりたくないのかもしれませんし、その名前も聞きたくないのかもしれません。
 でも、伯父が生きているその最期の時間までにもう一回だけ、逢いに行ってあげてはもらえないものでしょうか。
 僕が真奈美ちゃんだったらどう思うだろうか、と考えました。
 突然「桑山」の名字を持った従兄弟が訪ねてきます。そして、
 「あなたの実のお父さんが最期の時を迎えています。どうか一目逢ってあげてもらえませんか」
 そんな、ドラマのような出来事になり得るでしょうか。
 実際の人間の世界はもっと複雑で、とても入り組んでいます・・・。
 でも、僕は探します。
 少なくともこの世に生を受け、真奈美という子どもを産んで一時期育てた伯父の人生のためにも。
 それは真奈美ちゃんの気持ちを無視していることになるかも知れません。でも、きっと真奈美ちゃんも「逢ってて良かった」と思ってもらえるかもしれないという、いちるの望みを掛けて。
桑山紀彦

真奈美ちゃん」への3件のフィードバック

  1. 私が小学生の時両親が離婚し母と生活することになりました。父親っ子だったので会いたい気持ちは常にありましたが、母に遠慮して言い出せませんでした。
    結婚が決まった時、父の消息は不明でしたが探して結婚式に来てほしいと思っていました。母や親せきの反対もありかないませんでした。
    数ヵ月後 父はすでに他界していたことが分かりました。
    現在の真奈美さんの生活や心境はわかりませんが、会いに行ってほしいなあと思います。
    桑山さんの心情が伝わることを願っています

  2. つらい現実ですね。
    余命が限られている方には、せめて人目娘に会いたいお気持ちよくわかります。自分だったらと思うと胸が苦しくなります。
    あえて厳しいこと言わせていただきます。
    元奥様とお嬢さんの辛かった日々を考えたら、会うことがまだ出きないほど苦しい思いをもっていらっしゃるかもしれないのではないでしょうか。
    でもどこかで、桑山さんの思い、伯父さまの思い、現在の奥様のやさしいお心が真奈美さんに伝わってくれること、願います。
    どうぞ伯父さまが心から真奈美さんの幸せと現在のご家族に感謝されながら、お辛い闘病生活でも1日を大事に過ごされますように。

  3. 今朝書き込みさせていただいてから、頭から離れなかった2年前まで年賀状届いていたこと。
    真奈美さんはお父さんへの思いおありだったかもしれませんね。申し訳ありませんでした。
    どうぞ真奈美さんに今のお父さんのこと伝わりますように。

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