30歳のアリッサ

アリッサと再会しました。

 彼女と会ったのはちょうど22年前。旧ユーゴスラビア紛争がようやく終結の方向を見せ始めた1993年でした。彼女は8歳でした。戦争犯罪の中でも女性として一番苦しい被害を6歳の時に受けた受けた彼女は心因性失語症という病にかかっていました。余りにひどい目に遭いすぎて、言葉を失っていたのです。
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 それから8歳、10歳、12歳と定期的に関わり、彼女は絵を描くことで自分の心の中の闇を表現していってくれました。そして1998年、彼女が13歳の時、しばらく会えないかもしれない告げに言ったら、

「私の傷ついた心」というイラストをその場で描いてくれました。その絵には「文字」が出てきており、言葉が蘇ってくる前触れを感じながら長い別離の時間がやってきました。

 この様子は長らく「地球のステージ2の」「旧ユーゴスラビア篇2」で語ってきました。アリッサのために「扉」という曲を書き、歌ってきたのもこのときです。そして2006年、映画「ありがとうの物語」が制作されることになった時、アリッサと再び会い親交を深めました。彼女はその時21歳になっていました。

 心の傷はとても良くなり、彼女は普通にしゃべることが出来る美しい女性になっていましたが、まだまだ「あの日」のことを思い出して苦しむ日々も多いことを伝えられました。自分が精神科の医師として関わった旧ユーゴスラビア紛争の被害者の中でも、最も重く、そして自分のいたらなさを知る思いで関わり続けたケースでした。自分の国際協力の中でも22年間という最も長く関わっている人です。

 3年ぶりのアリッサは、恋人のドラガンと共に暮らす家に案内してくれました。戦争被害者としての年金をもらい、この家も政府から提供を受けたものです。ドラガンもまた戦争被害者ですが、アリッサの被害はその大きさが故に、非常に手厚い年金を受けており、彼女はこれまで1回も働いてはいません。その点がとても気がかりで3年前にはアリッサが必要だと言ったパソコンをプレゼントしていました。手に職をつけて働く方向を模索してほしかったのです。

 ドラガンは左官の仕事をしていますが、とても不定期で収入が安定しません。この二人が今後どうなっていくのか、実はとても気がかりです。

 そんなアリッサにききました。

「今でも眠られない時はある?」

「うん、あるよ。今年に入ってからも眠られない夜は多くて、ちょっと気持ちが不安定だった。」

「そんな時はどうするの?」

「前に医者から睡眠薬をもらったけど、1回飲んでやめた。強すぎると思ったんだ。」

「うん。そりゃあ飲まないでいられた方がいいよね。眠られない時はどうするの?」

「そんな時はね、起きて物語を書いているんだ。」

「物語?」

 アリッサはパソコンを持ってきて、その「物語」を教えてくれました。
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「これはね、架空の物語。アドリア海の小さな島に一人の少年が流れ着くんだ。そこで出逢うのは不思議な生きものたち。それは自然と共に生きて、愛や優しさと共に暮らしている生きものたち。最初は少年は反発してそんな理想を否定するけれど、やがて彼の心も癒やされ、その自然を大切にする生きものたちの心に寄り添って多くのことを学んでいくんだよ。」
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 そう語るアリッサには、もう昔のような暗い影を常に感じさせるようなものはなく、前向きに生きていこうとする柔らかい意思を感じました。

 眠られない夜、彼女は起きだしびっしり埋まってきているノートに更に言葉を紡ぎ出して優しい子ども向けの物語を書いていたのです。

「これをね、近い将来本にしたいんだ。たくさんの子どもたちに読んでほしいと願っているの。」

「どうして?」

「この世で一番大切なものは愛と優しさだと伝えたいから。私みたいな戦争で辛い思いをする子どもがいなくなるように、と願っているからだよ。」

「アリッサ、僕たちは今も戦争が続く地域から帰ってきたんだけど、そんな地域に住む人たちにメッセージがある?」

「戦争がどれほど愚かで、どれほど人を傷つけていくか、私は知っている。子どもの心にどれほどの負担をかけるのか、私は知っている。だから子どもたちに伝えたい。銃を遊び道具にしてはいけない。人を傷つけるような行為をしてはいけない。精一杯の愛情を持って相手を受け入れ、思いやりの気持ちで生きてほしい。戦争によって子ども時代を踏みにじられた一人の人間として、それを伝えて行きたい。だから私はこの童話を書く。そして近い将来、世界の難民キャンプに出向き、自分ができることをしたいと思っているんだ。」
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 時に涙を浮かべながら、でもアリッサは力強く語りました。

 24年の時を経て、彼女は彼女なりに自分のいまわしい経験から得たものを社会へ還元しようとしています。それはまさに心のケアの最終段階「世界との再結合」を果たそうという、自主的な思いでした。

 眠られない夜を逆手にとって物語をつむぎ、それを世に出そうとするアリッサの新しい姿に、戦争による心の傷を乗り越えていこうとする人間としての強い意志を感じました。

 来て良かった。

 アリッサが大好きな、強くて気持ちの通ったハグをして別れを惜しみました。

「またくるよ。その時までにはあの童話が本になっていることを祈っているね。」

「うん、頑張ってみる。」

 冷たい雨の降るクロアチアでしたが、とても大きな人の生きる意思の熱さを感じて全く寒くありませんでした。

 また定期的にアリッサを訪れ、心の傷をどうやって自ら乗り越えていこうとするのか、きちんと見せてほしいと思っています。

 現在取り組んでいる心のケア。その原点は旧ユーゴスラビア紛争での経験です。その紛争は余りに広範囲で余りにひどくて、人々の心をことごとく破壊しつくするようなものでした。そんな最悪の戦争の中で出逢ったアリッサという、震える小さな8歳の少女。

 しかし彼女は成長してこの4月25日で31歳になります。
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 目の前にいるのは一生懸命心の傷を乗り越えていこうとしている成長した女性です。

 たくさんのことを教えてくれるアリッサに感謝しながら、自分に出来ることをこれからも模索していこうと思います。僕の心のケアの活動の原点。それがこの、アリッサ・ジュリアノービッチという一人のクロアチアの美しい女性です。

桑山紀彦

30歳のアリッサ」への4件のフィードバック

  1. いい笑顔に出会えました。
    「国を応援するのではなく、人を応援する」という地球のステージ。
    モハマッドのこれからのことが書かれた日、アリッサはどうしているのかな?と思いました。
    きちんと見守っていたんですね。
    映画「ありがとうの物語」で再会できたときは、涙が出たものです。
    いろいろな国で災害や紛争があると駆けつけている桑山さん。
    固有名詞との出会い、
    これからも「人を応援する」活動を継続してください。
    お気をつけてお帰りください。

  2. 地球のステージを見た初期の頃、泥沼化した旧ユーゴの内戦で言葉を失った少女の顔。
    衝撃的な印象で記憶しています。
    20年以上もの間の心の傷にめげずに、それを「これからの子供たちに伝えたい」強い志に感心します。

  3. 人間の愛の力を感じます。受けとめようのない大きな苦しみにあっても前に進んでいる…
    子ども達の未来のために、自分自身のために、行動してあるアリッサさんのこれからが気になります。

  4. 子供のころ言葉は失っていても、今は戦争の愚かさを力強く語ってくれたアリッサ。
    以前のステージ2で語られていた彼女の、このような変化を、当時想像できたでしょうか。
    アリッサの話は「地球のステージ」が、心のケアについて語った初めてのケースだったと思います。
    気になっていた彼女の、現在を知ることができました。

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