今日は宮城県黒川郡のPTA連合会、3年目のステージでした。
持ち回りで郡内の町村を回っている今年は富谷町でのステージでした。もう何度もステージをやっている成田公民館。周囲は大開発でたくさんの街ができています。イオンだって2店舗もあるからすごいなあ、と思うし、来る度に新しい建物ができています。
もちろんここに住む皆さんはいろんなところからついに念願のマイホームを手に入れて住んでいらっしゃる人が多い地域です。今後人々がもっともっと有機的につながり、新興住宅地が「楽しくて豊かなものに」変わっていきますように。そんな意味では毎年呼んで頂いていることに、感謝しています。
ステージの3番は「自己改革篇」です。
「自分をいい方向に変えていく種をどこで見つけるか」
というテーマです。ステージが終わった時、東成田小学校の5年生の女の子が自主的にステージ段下にやってきて、
「桑山さんがボランティアをはじめるきっかけになった“種“とはなんですか?」
すごいですね。6部作の中で最も深い内容で難しいといわれている3番に対して、小学生がこんなことを聴きに来てくれるんです。今やっているジオラマ制作もそうですが、小学生が持っているポテンシャル(潜在能力)とはすごいものです。
「そうだね、いろんな人に助けられ続けていたのにぜんぜん恩返しをしようとしてこなかった“恥ずかしさ”が“種”だったね。」
と答えましたが、大きく頷いてくれたのが印象的でした。
さて、今日は江里ちゃん山形に遊びに来てくれました。明ちゃんが連れてきたのですが、なんと江里ちゃんは山形が初めて。隣の県でもなかなか来ないこともあるんですね。
「もっと田舎だと思ったのに、意外に都会だった~。」
とは江里ちゃん。イオン山形南の中のマッサージで全身ほぐしてもらってすっきり。するとなんと探していた「猫の目」のパーツが手に入ったのです。
「やった~目が手に入ったよ!名取のお店の“目”はもう全部買い占めてしまったの。良かったここで見つけられて~。」
なんとお店の“目”のパーツ全部買い占めていました。「江里ねこ」の制作意欲は満々なのです。
そして3人でダイソーへ。画用紙を買いに行ったのですが、やっぱつ年末でデコレーションする人が多いのかたくさんの色が「売り切れ」でした。江里ちゃんは病院の窓の下のところにクリスマスらしい切り絵を貼ろうとしてくれています。もともとそういった切り絵やクラフトづくりが大好きだった江里ちゃん。「江里ねこ」もそんな才能の中でつくられたものなんですね。
明日は手芸教室に夕方は文化会館でのスカイルームです。
少しずつでも着実に被災地は一歩一歩前に進んでいます。
桑山紀彦
祭日のステージ、お疲れ様です。しっかりした小学生ですね。前向きに慣れる時間を過ごせてなによりです。ジオラマ完成もまじか。それを見た時の大人の反応が楽しみですね。
河北新報のいちばん長い日
一昨日、地震があった。広島で震度五弱。
茨城や福島では、東日本大震災の余震で震度五程度は一年間続くそうだが広島では珍しい。地震列島「日本」といっていい。
今日という日の安心は、明日へとは繋がらない。私たちは東日本大震災で嫌というほどそのことを知った。
地震は怖い。津波も怖い。二万人近くの人が亡くなり、五万人以上の方々が、今も避難所で暮らしている。
あの震災の最中、被災しながらも新聞を出し続けた新聞社がある。仙台に本社を置く河北新報社だ。-それでも新聞を作り続けたー(帯より)。そのドキュメントの記録が「河北新報のいちばん長い日」-文芸春秋刊ーとして出版された。その一部を抜粋し、ここに紹介する。
-午後二時四十六分、大地が悲鳴を上げたのはそのときだった。
「地震 震度 3 三十秒後」。フロアの緊急地震速報受信装置の音声が流れた。遠方の震源から発せられたP波をもとに、地震の揺れの到達を予測する。
「三十、二十九、二十八、二十七・・・」
音声がカウントダウンを始める。ガタガタガタガタ。来た。主要動をもたらすS波は秒読みがゼロになるまで待ってはくれなかった。
午後二時四十六分。激しい揺れが下から突き上げる。縦に横に斜めに揺さぶられる。これで震度3のわけがない。身の危険を感じて机の下に潜った。(中略)
振動はおさまる気配を見せない。(中略)
「これ以上揺れたら建物が持たないかもしれない」(中略)
口から飛び出そうなほど激しく鼓動する心臓が、自分が生きていることを告げている。
どれだけ時間が過ぎただろう。揺れがようやく収まった。(中略)
一度消えて復活したテレビ画面を見ると、アナウンサーが緊張した面持ちでそう伝えている。画面の下に映し出された日本地図の太平洋側の海岸線が、東日本を中心に広範囲に白と赤の二重線で縁取られている。
「気象庁は午後二時四十九分、岩手、宮城、福島の三県の太平洋沿岸に大津波警報を発令しました。沿岸部にいる方はすぐに高台に避難してください。海に近づかないでください」
「大津波警報?、津波警報の間違いだろう」昆野は顔がこわばるのを覚えた。(中略)
社長の一力は社員を集めてこう言った。
「われわれは地域の住民に支えられて百年以上、この地で新聞を出すことができた。その住民が大地震で苦しんでいる。今こそ恩に報いる時だ。わが社も計り知れない打撃を受けるだろう。だが、いかなる状況になっても新聞を発行し続ける。それが使命であり、読者への恩返しだ」-ー
ここから、”河北新報のいちばん長い一日”が始まるのである。
震災を忘れず、今も被災で苦しんでいる人々に、私たちは支援の手を差し伸べなければいけない。
ぜひ、ご一読を・・・・・。
和歌山 なかお
追伸
本文引用については、著者である河北新報社より許可を頂いております。
地元での公演は格別なものだったでしょう。
子供の吸収力と感性は驚異的なものです。
それにしても種の話に早くも反応~頼もしい子供たちの将来が楽しみですね。
江里ちゃんにも楽しい休日となったようですね。
にゃんこの作成、くれぐれも疲れすぎませんように。
気持ちの通い合うステージで良かったです。
「種」私もみつけたいな。
にゃんこちゃんたち、届きました。
早速、テーブルの上に置いたら、
「かっわいい!僕もほしい!!」
と息子。大学生なんですが・・・。
可愛いものは誰が見ても、いくつになってもかわいいんだな~と思いました。
やさしい気持ちを届けてくれた江里ちゃん、
労をとってくださった後藤さん、
紹介して下さった桑山さんありがとうございました。
我が家の家宝にします。
なかおさん
「河北新報のいちばん長い日」
またまた、読んでみようと思う本になりましたよ~。
化石さん、有難うございます。でひ、読んでみてください!。
和歌山 なかお
わが家にも江里ネコちゃんが、到着しましたよ。なんて可愛らしい! (^o^)/~~