その子が遅れて入ってきたとき、一瞬ハッとしました。
どこかで逢ったことのあるような、前から知っているような、瞳が大きく、でもどこかもの悲しそうな、それがサディールとの出逢いでした。
今日は僕が直接スーパーバイズする4日連続講座の1日目です。
実際にジャラゾーン難民キャンプの子どもたちに来てもらい、その子たちにうちのパレスチナ人スタッフが直接心理社会的ワークショップを行い、それを桑山が脇から指導するというものです。子どもたちは選抜で集められた6人でしたが、サディールは遅れてやってきた12歳でした。
今日は1日目。2次元表現の写真言語法と描画法のスーパーバイズでしたが、写真言語法で「吹き出し法」を使っているときのことでした。サディールは一枚の写真を迷わず手に取り、そしてしばし思案していました。
その写真はイスラエル軍の監視塔の写真でした。そこに漫画などでよく使う”吹き出し”を持っていって、自分がその人(この場合は監視塔を人称化したものです)になりきって物語を語るという内容です。
サディールは静かに語り始めました。
「私は軍の監視塔。そう2つあるうちの古い時代からの監視塔。この前子どもたちが近づいてきたので私は、新しい監視塔にさっそく連絡した。その子たちを撃つようにと…。」
そこでサディールは泣き崩れました。
うちのスタッフが素早くそばに来て背中をさすり始めました。
「いいのよ。よく話したわ。もういいのよ。」
するとサディールは目を真っ赤にしながら言いました。
「いいえ、最後まで話しをさせて!」
瞳はまっすぐ前を見ていました。
「実はね、4人の子どもが銃撃された先週の事件の中に、私のいとこがいたの。彼の名前はゲーセム。頭に銃弾を受けて今重体で入院中なの。大好きで小さいころからずっと遊んできたいとこだったの。」
サディールは最後までちゃんと説明してくれました。
たった12歳。でも向き合う力をたたえた12歳。
写真の中の軍の監視塔になりきり、その事件を伝えようと語った12歳。
難民キャンプに暮らすなかで、なかなか栄養が足りないのか腕はまだまだ細く、折れそうです。
でも心は強く、しっかりと向き合おうとしていました。その心の強さがサディールの瞳にあふれる強さにつながっているように思います。
そしてスタッフに伝えました。
「子どもたちが泣き出しても、決して動揺しないように。辛いことをさせたとか、辛いことを思い出させてしまったと思って、消極的になってはなりません。かえって”泣いてもらえた”と受け止め、そうやって吐き出せたこと、ちゃんと思い出して泣けたことを高く評価していって下さい。もちろん、涙が少し引くまで背中をさすり、時間をゆっくりとるように。そして涙をもってして語ったその子を、たくさんの拍手で最後に評価してあげてください。」
パレスチナのスタッフはみんなちゃんとわかっていて、大きくうなずきながらサディールに励ましの拍手を伝えていました。とても温かい、大切な時間が流れていました。
考えてみれば、今回の歩さんの消防車破棄の件のように。辛いこと、悲しいことに向き合いきれず、そのことを「なかったこと」のようにして日々を送ろうとする津波後の日本人の”ある大人たち”に対して、このパレスチナの難民キャンプに暮らす12歳の少女のなんと心の強いことか。
サディールの夢や希望も聞きました。現実も聞きました。
その上で最終日の4日目にみんなで制作する短編映画「オリーブの声」(シナリオ:桑山紀彦)。その主人公になってもらうようにお願いしたところ、大きな瞳で、
「やる!」
と言ってくれました。
パレスチナ。ヨルダン川西岸のジャラゾーン難民キャンプに暮らす少女、サディール。彼女は確実にまた「地球のステージ」の主人公になっていくでしょう。
サディールたちとの4日間、まだまだ続いていきます。
桑山紀彦
まだ小学生の年齢でつらい思いをした彼女が、大人の社会の不合理をどう思い、
どんな大人になっていくか気になります。
不合理を正す強い大人になって欲しいですね。