それぞれの道

 今日は久しぶりに漁師の正さんと会えました。正さんの船は打ち上げられてしまって重機で圧された穴が痛々しく、一度は「オレ漁師やめます。船も破棄します」と言っていたのですが、「自然のことといってもやっぱり悔しい」という言葉に支えられて、

「悔しい気持ち忘れないでもう一回海に戻りましょうよ。」
 という話を何度かするうちに、
「やっぱり船直してもう一回海に出ます。」
 と思い直してくれた正さん。今また大変です。
「オレ、やっぱり船早くなおしたくて焦ってるんですかね。仕事二つ入れちゃって。一つは倉庫の仕事、もう一つは前からつながってた釣具屋さんの仕事なんです。朝5時に起きて6時から店に出て、昼前中仕事したらちょっと休んで午後の2時前から倉庫の仕事。遅いと帰るのは23時です。4時間ほど寝て、また朝からの仕事、ってかんじで、正直疲れました・・・。」
「そりゃ無茶がありますよ。人間休まなきゃ・・・。」
「はい、でもやっぱり船直すにはお金かかるんです。今塩竃の造船所に予約入れたんです。」
「船首は?」
「穴は応急でふさぎました。今閖上の港の海の上に浮かべてます。」
「ほんとに?海に浮いてる?」
「はい、何とか浮かべました。」
「じゃあ、ひょっとした走れるんですか?」
「いえ、まずバッテリーが上がってるし、エンジンオイルも交換しないといけない。ミッションもひょっとしたらオーバーホールの可能性ですね。だから、塩竃の修理所まではタグボートで引っぱってもらうんです。」
「・・・。」
「でも、ちゃんとなおします。ただ予約が一杯で一体いつになるか・・・。預けても1ヶ月くらいはかかりますんで。」
「秋には何とかなりますか?」
「そう、したいですね。」
 あきらめない正さんです。
「正さん、明日は?」
「午後から倉庫の仕事です。」
「午前中は空いてる?」
「はい。」
「船見に行ってもいいですか?」
「そりゃあもちろん!」
「やった~。明日午前に時間があるんです。」
「でもただ浮いてるだけですよ。」
「それでも、ぜひ!」
「わかりました。」
 明日正さんの船見に行きます。
 午後から中学生が来てくれました。石巻で津波の被害に遭った彼女は同級生たちのこころのイガイガに傷心していました。
「今私たちの学校、バスに乗って別の学校に通ってんです。間借りしてますから。でも、私もうそのバスに乗りたくない。みんなどうしちゃったの?ってくらい荒れてます。バスの中で騒ぐなんてことはほとんど当たり前で、窓を開けて叫んだり、食べかけのパンを走っているクルマに向かってぶつけたりって・・・。この前はさすがに運転手さんが我慢できなくてバスを止め、みんなをしかりつけていました。でもぜんぜん聴かない。“フン”って感じ。
 そして一部の生徒だけど、ひどいこと言うんです。
 うちの学校、何人か生徒が亡くなりました。1人はみんなからいじめに遭っていて保健室登校していた人なんだけど、この間女子がかたまってしゃべってるの聴いちゃいました。
”あの子、みんなから嫌われていたから、死んじゃったんだね~”
 信じられない。そんなこと言うなんて。でも、そんなこと平気で言う中学生がいるんです。街中が被災してみんなでこれから気持ち一つにしていかないといけないのに・・・。」
「言葉もないよ。」
「でもね、先生これが現実なんですよ。中学生って恐ろしい。」
 彼女もその中学生の1人なんです。そして彼女の家は今日ようやくお風呂に入れることになったのです。大変な思いをしてきた石巻。中学生の心がすさんでいかないことを祈るばかりです。
外来の新患数はとどまるところを知りません。現在新患の方の受け付けは「震災関連の方のみ」という枠を設けて受け入れさせて頂いていますが、それでも急激に受診が増えています。
 このまま増え続けていくのか、それともあるところを境に減少していくのか、目算もつきません。しかし確実にPTSDの足音が聞こえます。今は「語りの時期」です。たくさんの皆さんが語りたくなっている時期です。ぜひ周りにいる皆さん、被災された方が語り始めたら時間を多めにとって聴いてあげて下さい。1人の心療内科医が持てる時間には限りがあります。でも皆さんが聴く姿勢を持って頂けたら、多くのケースが心療内科を受診しなくてすむと思います。
 どうか、この「語りの時期」を逃さないように。6ヶ月目くらいまでが正念場ですので・・・。
桑山紀彦

それぞれの道」への8件のフィードバック

  1. 明日は、正さんの船が閖上の海に浮かんでいる写真 楽しみにしていますね。載せてね!
    中学生…何と言ったら良いのか…多感な時期だけに…何でしょうか? 少しずつでいいから、心穏やかになりますように。
    さて、今日の私の失敗談!新宿駅に着いて、改札を出た所で、誰かに肩をトントンとたたかれました。振り向くと見知らぬ女性。「おそらく、服が裏返しだと思いますよ。」確かに、紺色のニットっぽい上着、裏返しでした{{ (>_<) }}

  2. 正さんの少しずつ前進読んでいてほっとする情報です。
    中学生の心、心配です。大きな目標ですが物質とITだけがあふれた今と違う情感あふれた社会に復興させたいですね。
    5月16日のブログ「同じ状況の人同士の会」のことですが、26日の毎日新聞夕刊に、仙台グリーフケア研究所が主催する「わかちあいの会」の記事が掲載されています。参考になりますでしょうか?

  3. 震災後2カ月。心ない人の言葉に傷つく人と、傷つけている人の差は時間の経過を現すのでしょうか。
    助けあった日々を忘れないでいたいと思います。
    私も心のケアの場に出来る限り参加したいと、改めて思いました。
    未だ県外からたくさんのボランティアの方々が、東北の復興を願って活動して下さっています。人も町も回復するために、地元の人の心がすさんでは方向をまちがってしまうような気がします。
    多感な時期の学生の皆さんも辛く苦しい我慢をしたはずです。いらいらもあるでしょうけれど、今は冷静に行動してほしいと願うばかりです。
    こうして桑山先生がお知らせしていただくことは、自分のことばかり考えている日常から、少し周りを見ることを教えられます。ありがとうございます。

  4. 中学生の心が とても心配です。やり場のない怒りを もてあまし、 言葉で表現も出来ず、辛い状態なのでしょうか。
    友人に聞いたのです。
    被災地に建設の仕事で行った方が 夜 車の中で休んでいたら 中学生位の子供達に 「おやじがり」と言われているような事をされてお金など とられてしまった。「被災地の子供達が 荒れている。」と、建設業者方達の間で 話になっていたのよ。
    と。
    一部の子供達でしょうが、子供の心が 危機的状態にあるのは 事実なのかもしれません。子供達は、辛くて淋しいのですよね。気持ちを表現して、仲間の間で分かちあう時間が必要なのではないでしょか。

  5.  語りの時期は大切ですね。誰かに聞いて貰えることは本人にとっては自分自身を確認することができ、考えていることも整理がつく。その上、聞いてもらえたといことで自分自身安心もできるというものです。僕なんかは、毎日このコメントを書かせて貰っていることで、語りができこころの安定に繋がったりしているので申し訳ないような気持ちなんですが。もっとも、桑山先生のいう「語りの時期」というのは僕なんかとは同等に扱えるような軽いものではないし、医学的な見解と、素人の勝手な意見と同じに扱うことはできません。でも、僕は僕なりに助けられています。
     明日は東京へと旅立ちます。南紀白浜空港から羽田へと飛ぶのですが、そんなことでクローズアップ東北「こころを救う宮城・名取・心療内科医の二カ月」を見ることができません。機械類はきわめて苦手な僕は大決心をし、録画することにしました。恥をかくようで申し訳ありませんが、僕は今まで録画というものをしたことがないんです。録画をしようというのは僕にとっては、必死の覚悟なのです。かつて記憶のなかにある、テレビ台の下の埃に塗れたマニュアルを取りだすと、埃を吹き飛ばし、録画予約のページを生まれて初めて開きました。読みながら、なんと専門用語の多いことか。まるで宇宙と通信するような気持ちが我が体内を駆け抜けていきます。レコーダーデッキと格闘すること1時間、汗をかきかき、土曜日の午後5時半「こころを救う心療内科医の2カ月」を録画予約した、つもりです。でも、巧くできたのでしょうか。はなだだ自信がありません。本当に録画予約できたどうかは月曜日。
     夜の仕事を終え、深夜になって録画再生をしたときに分かります。機械音痴を少しでも解消できたのであれば・・・・・。
        和歌山  中尾

  6. 中学生の“心の問題”が噴出してきているブログを読んで、こちらの心も凍りつきそうです。
    あれだけの災害に見舞われたのですから、当たり前なのかもしれないと同情しつつも、でも、皆が皆そうではないのですから、なんとか周りの私たちが(物理的な周りではなく)手を差し伸べないと、“まずい”と感じます。
    こちら(神奈川)で報道される内容は、「がんばっている人」「前向きの人」のことが多くて、そういうのは読むのが楽だし、私たちもがんばらなきゃという気持ちになります。
    でも、きれいごとばかりじゃないということを知らせるのも大事だと思います。問題に蓋をしても、何の解決にもならない・・・。桑山さんのブログで知った事実の解決に向けて、少なくともこのブログを読んだ人たちは、長い道のりを『見て見ぬふりをしない』で関わっていかなくてはと強く思います。

  7. 中学生の頃って、本当に危うい年齢なのかもしれませんね。
    小さい子どもたちのようには周りの目が行かないですものね。
    思春期独特の不安定さが危険度を増すのではないかと心配しています。
    自分たちが被災者であるがゆえに差別されていると感じて普通では考えられない行動に
    出てしまうのでしょうか?いつもの学校に通えるようになれば落ち着くでしょうか?
    桑山さんの講習を受けた先生方や保護者の方が気づいてケアできますように。

  8. 子供達をどうぞ、身近に居る大人達がとにかく抱きしめてあげて下さい。肌のぬくもりを伝えてあげてください。怖かった思いを一緒に感じてあげて下さい。それをいつまでも続けてあげて下さい。何も言わなくても良いので。私は幼児期にレイプされました。そのことが何かもわからなかったときに。母にそのことを話しをしたら、はっと顔色が変わったのは覚えているのですが、その他は覚えていません。ずっと大人になった後に「なぜあの時何も言ってくれなかったの?」と苦しい思いで聞きました。「町の著名人だった姑に相談したら”小さい子はそのうち忘れてしまうからそっとしておきなさい”と言われた」と。いいえ、覚えているのですよ。その不安と私はずっと戦って来たように思います。ただただ今思うのは、あの時母がひたすら「怖かったね」と抱きしめてくれていたら、、、と。今、幼い子供達の不安を持ち越さないためにも、どうぞひたすら抱きしめて、ぬくもりを伝えてあげてください。それが、今回のことを忘れはしないけれど、いつか「過去のこと」と心の処理をできる基盤となるように思います。

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