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<feed version="0.3" xml:lang="ja" xmlns="http://purl.org/atom/ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><title>地球のステージ　ブログ</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.e-stageone.org/" /><modified>2008-05-17T02:48:59+09:00</modified><tagline>地球のステージスタッフによる日誌です。その日の公演の様子や、なにげない毎日の様子をお伝えしていきます。
みなさんどんどんコメントをお寄せください。ステージに関すること、広く伝えたいことなど書き込んで、つながりの輪を広げていきましょう。</tagline><generator url="http://jugem.cc/">JUGEM</generator><entry><title>ステージ５制作も佳境です！</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.e-stageone.org/?eid=645808" /><id>http://blog.e-stageone.org/?eid=645808</id><issued>2008-05-17T00:00:55+09:00</issued><modified>2008-05-16T17:49:00Z</modified><created>2008-05-16T15:00:55Z</created><summary>5月24日（土）のステージ５制作発表に向けて、制作最終段階に入りました。毎晩、目を真っ赤にしながら制作に励んでおります。（制作は産みの苦しみでもあるので、遅くまでの作業はいつものことです、ご心配なく。）

毎回言っていることかもしれませんが、今回の「ステージ...</summary><author><name>aki</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[5月24日（土）のステージ５制作発表に向けて、制作最終段階に入りました。毎晩、目を真っ赤にしながら制作に励んでおります。（制作は産みの苦しみでもあるので、遅くまでの作業はいつものことです、ご心配なく。）<br />
<br />
毎回言っていることかもしれませんが、今回の「ステージ５」も自信作になりそうです！（なりそうというのが、制作真っ只中を物語っていますが・・・）楽しみにしていてください。<br />
<br />
今回の目玉はなんといっても、「ヒロシマ篇」です。<br />
広島に原爆が投下された6ヶ月後、1946年3月に撮影された映像を特別にお借りすることができました。当時の広島の様子が映し出されています。その映像に映っている風景が、60数年たってどのように変化し復興していったのかを描いてみることにしました。まずは、ビデオ映像を解析し、その風景がどこなのかを確定していきます。そして現代広島において、その場所と思われる地点に出向き、同じ角度高さで撮影してみました。高いところから広島街並みを撮りたいと思っても、さすがに60数年経つとビルが建ち並びそう簡単に全景が見渡せません。なんと一番いい場所に天高くNHK広島放送局が建っています。あのビルの屋上に昇りたい！そう思ったらなんのその、「突撃お願い作戦」に出た桑山さん！こういうのは得意中の得意です。NHKに電話しディレクターさんにアタックです。普通なら無理なお願いも、桑山さんは可能にしてしまうからすごい！そして、とうとうNHKののっぽビルに昇って撮影することができました。その映像は「ヒロシマ篇」で見れますので、とっても貴重な映像です、ぜひご覧ください！<br />
そして、以前ブログにも書いた「川本さん」のお話。これまた奥深い人生を生きてこられた方です。どんな話になるのか24日をお楽しみにしてお越しください。<br />
<br />
<br />
公演の詳細、お問い合わせは下記になります。事前申し込みにご協力をお願いいたします。<br />
<br />
<strong>●公演日時 ：  ２００８年５月２４日（土）14:00開演　（開場13:30）<br />
●開催場所 ：	仙台シルバーセンター　交流ホール<br />
●住　所	  ：	宮城県仙台市青葉区花京院1-3-2   　Tel)022-215-3191<br />
<br />
●問い合わせ先：地球のステージ仙台グループ　五十嵐栄子<br />
　　　　　　　　電話＆FAX）022-246-1520　E-mail）e-igarashi@giga.ocn.ne.jp<br />
</strong><br />
新緑の美しい「杜の都仙台」にぜひお越しください。<br />
このステージ５では「人生」というテーマで取り組んでみました。時代、国、環境は違えども、人の数だけ人生があり、それはそれは尊い歴史が刻まれていきます。原爆投下から60数年たった今、瓦礫の中から這い上がっていった広島の人たちの生きる強さと勇気に触れ、自分たちの今を生きる姿勢を見つめ直してみませんか。<br />
<br />
<a href="images/hiroshima.jpg" target="_blank"><img src="images/hiroshima.jpg.300px.jpg" width="300" height="225" alt="原爆ドーム" class="pict" /></a><br />
<br />
<br />
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]]></content></entry><entry><title>心平穏に</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.e-stageone.org/?eid=643900" /><id>http://blog.e-stageone.org/?eid=643900</id><issued>2008-05-09T20:33:48+09:00</issued><modified>2008-05-09T11:39:15Z</modified><created>2008-05-09T11:33:48Z</created><summary>東本願寺で公演がありました。そうです、あの京都の東本願寺です。

桑山さんのお父さんが亡くなって数ヶ月後、東本願寺を訪ねる機会がありました。失意にあった桑山さんが、ふと足を止めました。その目線の先には、法語が。
「苦しみがなくなるということは
　その苦しみを　...</summary><author><name>aki</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[東本願寺で公演がありました。そうです、あの京都の東本願寺です。<br />
<br />
桑山さんのお父さんが亡くなって数ヶ月後、東本願寺を訪ねる機会がありました。失意にあった桑山さんが、ふと足を止めました。その目線の先には、法語が。<br />
「苦しみがなくなるということは<br />
　その苦しみを　活かしていくということ」<br />
その言葉がひどい落ち込みから救ってくれたのでした。<br />
もう少し自分に何かができたのではないか？いったい何を返すことができたのか・・・などなど悔やまれることばかりで、答えのない苦しみにもがいていた時だったといいます。<br />
<br />
それが東本願寺との出会いでした。いつかここでステージが出来れば・・・そうずっと願い続けてきました。これまでにも浄土真宗のお寺や別院で公演を重ねてきました。その都度、本山である東本願寺に思いが募っていき、ついに京都本山での公演が実現しました。<br />
<br />
門をくぐると、壮大な建物が。でも決して圧迫感があるわけではありません。荘厳なんです。ぴかぴかに磨かれた床やものすごく太い太い重厚な柱。ひとつひとつがどっしりしています。阿弥陀仏の前で正座して手を合わせると・・・心がすーっと穏やかになっていきました。<br />
<br />
日々いろんなことを考え、どうしようもないこともいっぱい起こります。何かに背中を押されているように走り続けなければいけない時もあります。でもこうして目を閉じ、手を合わせるとすーっと心の芯が落ち着いていく感じがしました。<br />
<br />
何宗とか何教とか関係ないのかもしれません。自分がよい方向へ進めるよう背中を一押ししてくれる信念のようなもの、普遍でかわらないものが心を動かすんだと実感しました。自分の気持ちを和らげてくれるもの、それが言葉だったり、自分の心と向き合う静かな時間だったり・・・そんな心が平穏になれる時を大事にしたいと思いました。<br />
<a href="images/higasihonngannji.jpg" target="_blank"><img src="images/higasihonngannji.jpg.300px.jpg" width="300" height="225" alt="東本願寺" class="pict" /></a><br />
東本願寺阿弥陀堂の前にて<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>続けていくこと</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.e-stageone.org/?eid=642378" /><id>http://blog.e-stageone.org/?eid=642378</id><issued>2008-05-03T21:11:53+09:00</issued><modified>2008-05-03T12:14:15Z</modified><created>2008-05-03T12:11:53Z</created><summary>先日逗子市にて2公演がありました。
実は、その2ヶ月前、2月下旬にも呼んでくださっていたのです。つまり2ヶ月の間になんと3回も開催してくださいました。2月の公演の評判が良く、ぜひ続きもというお話だったのですが、こんなに早く実現いただけるとはびっくりでした。

公演...</summary><author><name>aki</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[先日逗子市にて2公演がありました。<br />
実は、その2ヶ月前、2月下旬にも呼んでくださっていたのです。つまり2ヶ月の間になんと3回も開催してくださいました。2月の公演の評判が良く、ぜひ続きもというお話だったのですが、こんなに早く実現いただけるとはびっくりでした。<br />
<br />
公演回数云々ではなく、また呼ぼう！また参加したい！と思いを持ち続けていただけることが嬉しいです。ステージももうすぐ1700回を数えますが、ひとつとして同じステージはありません。参加してくださった方々と一緒につくるライヴステージだからです。だから面白いんですよね。<br />
<br />
これからもひとつひとつのステージを大切にがんばっていきますね。<br />
<br />
最後の最後まで逗子市役所の方々が積み込みを手伝ってくださいました。もう私なんて出番なしです。頼もしい限り。きびきび、てきぱき動くみなさんに、ありがとうございます！いろんな意味を込めて言葉にしました。<br />
<br />
またお会いしたいです。<br />
<a href="images/zusi.jpg" target="_blank"><img src="images/zusi.jpg.300px.jpg" width="300" height="224" alt="逗子にて" class="pict" /></a><br />
積み込みを終えて<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>ヒロシマへ還る</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.e-stageone.org/?eid=640113" /><id>http://blog.e-stageone.org/?eid=640113</id><issued>2008-04-24T22:12:08+09:00</issued><modified>2008-04-24T13:12:08Z</modified><created>2008-04-24T13:12:08Z</created><summary>　川本さんは昭和８年、広島市大手町２丁目に生まれ、育ちました。小学校は袋町小学校です。それは何を意味しているのでしょうか。
　小学校６年生の夏、川本さんの家の真上に原爆が落ちてきました。そう、川本さんは爆心地から数十メートルしか離れていないところに生まれ...</summary><author><name>ドクトルK</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[　川本さんは昭和８年、広島市大手町２丁目に生まれ、育ちました。小学校は袋町小学校です。それは何を意味しているのでしょうか。<br />
　小学校６年生の夏、川本さんの家の真上に原爆が落ちてきました。そう、川本さんは爆心地から数十メートルしか離れていないところに生まれ育ったのです。<br />
　しかし川本さんは今も元気に生きています。なぜでしょうか。それは三次（みよし）という広島県の別の町に姉と一緒に疎開していたからです。原爆が落ちて父も母も、小さかった弟も妹も８人が亡くなりました。家に戻るとお母さんは２歳と３歳の弟と妹を抱きかかえるようにして亡くなっていました。川本さんはお姉さんとたった二人だけ生き残ったのです。<br />
　そして川本さんは思いました。<br />
「こんな広島はこりごりだ。もう逃げよう」<br />
　そして岡山に暮らしました。好きな人ができたけど、向こうの両親に「広島の人と結婚すると原爆症がでるからいかんよ」と言われ、絶縁しました。そしてひとりでがんばって調理師になりました。最初は「うどん」から始めたそうです。<br />
　「つくるの簡単じゃから」<br />
<br />
　でも努力して店を持ち、それをもっと大きくして１５０人の従業員を抱える食料品卸の会社を築きました。そして退職、後身に道を譲ったのです。<br />
　そんな時、広島の小学校の同級生から電話がかかってくるようになりました。<br />
　「広島に戻ってこんかい」<br />
　「嫌じゃ、わしは原爆のことを思いだしとうないんじゃ」<br />
　「そうじゃろう、じゃがな、原爆のことを話せる人間がどんどん死んでおらんようになってきとるんじゃ。おまえは元気にやっとる。かえってこんか」<br />
　川本さんは迷いました。けれど、岡山で一財をなし、やるだけのことやった今、思い出されるのは無念の中で死んでいった父、母、そして勉強したかったのにできずに死んでいった小さな弟妹たちのことです。<br />
<br />
　還ろう。<br />
　川本さんは生まれ故郷の広島に３年前戻ってきました。７２歳になっていました。広島のことを心の中で封印してすでに６０年が過ぎていました。<br />
　そこで「ひろしまピース・ボランティア」という存在を知りました。<br />
　広島平和祈念資料館の中で展示の説明をするガイドさんたちのことです。<br />
　「わしにうまく語れるんじゃろかな」<br />
　手探りでのボランティア活動が始まりました。<br />
　そして２年が過ぎ、川本さんはようやく自分の役割を見つけたという思いにいたりました。<br />
<br />
　「全国からたくさんの子どもたちが修学旅行でこの広島にきてくれる。そして私たちの話を聞いてくれる。そして子どもたちがまた全国の自分の町に帰り、そこで広島のことを語ってくれる。<br />
　そのことを思うと、無念の中で死んでいった自分の父、母、そして小さかった弟、妹への供養につながる気がしてきた。そこで、今は紙飛行機を作り、中に小さな折り鶴を入れて子どもたちに渡しているんじゃ。それは、全国へ、この広島の平和を願う気持ちが飛んでいくといいという願いを込めている。そしてもう一つは、この飛行機は昔母がよくハガキを使ってつくってくれたもの。だから、自分の母への想いも乗せているんじゃ。疎開して離れ離れになっていたから、８月６日の死に目には逢えんかった。そんなわしの母への届かぬ思いも乗せさせてもろうて、全国へ飛ばしている。個人的なことで申しわけないが、それが、“ヒロシマ”を語らせてもらっているわしの、家族へ向けた想いであり、供養なんじゃ。」<br />
　川本さんの「ヒロシマへの復帰」それは、重荷と同時に、未来へ向けた「もうこんなことしちゃいかん」という願いを込めて、今日も続けられています。<br />
　川本さんは「木曜のボランティア」です。木曜日に広島平和祈念資料館へいかれたら、西館の終わりのところで、紙袋にたくさん入った手作りの折り鶴付き紙ヒコーキを、子どもたちに手渡しているのが、川本さんです。<br />
　一声、<br />
「お還りなさい」<br />
　とお声をかけてあげてください。<br />
<img src="images/kawamoto.jpg" width="300" height="225" alt="川本さん" class="pict" /><br />
川本さんが修学旅行生に紙ヒコーキを手渡す<br />
　<br />
　このように、鋭意「ヒロシマ篇」の制作は進んでいます。<br />
　初演は５月２４日（土）、仙台にて。「地球のステージ〜果てなき地平線」の中で「ヒロシマ篇」が登場します。<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>Dr.ナミカ</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.e-stageone.org/?eid=639075" /><id>http://blog.e-stageone.org/?eid=639075</id><issued>2008-04-20T22:58:24+09:00</issued><modified>2008-04-20T17:08:32Z</modified><created>2008-04-20T13:58:24Z</created><summary>金曜日、嵐のような風雨の中、無事「Dr.ナミカの東ティモール支援報告会」が終了しました。お越しいただいた皆さまありがとうございました。

昨年4月から1年に渡って、東ティモールバイロピテクリニックで活動してきたナミカ先生。その間、大統領選挙もあったし、つい2ヶ月...</summary><author><name>aki</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[金曜日、嵐のような風雨の中、無事「Dr.ナミカの東ティモール支援報告会」が終了しました。お越しいただいた皆さまありがとうございました。<br />
<br />
昨年4月から1年に渡って、東ティモールバイロピテクリニックで活動してきたナミカ先生。その間、大統領選挙もあったし、つい2ヶ月前にはその大統領が襲撃されたり、と落ち着かない1年間だったかもしれません。夏にはダン先生が1ヶ月ほどアメリカに帰国していたので院長も務めて頼もしい存在でした。東ティモール在住の日本の方々にもかなり頼りにされていたと思います。<br />
<br />
そんなナミカ先生の報告会、さすが「外科医！」と思わせる一面も。<br />
長く滞在したナミカ先生だからこそ見えてきたものもあったと思います。そんな話を聞けた貴重な2時間でした。<br />
<br />
今後もアジアやアフリカで医療支援を続けていくつもりです、そう力強く目標を語ってくれたナミカ先生。また一緒に仕事ができるのを楽しみにしています。<br />
<img src="images/namika0418-2.jpg" width="175" height="242" alt="" class="pict" /><br />
]]></content></entry><entry><title>上映が始まりました・・</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.e-stageone.org/?eid=635796" /><id>http://blog.e-stageone.org/?eid=635796</id><issued>2008-04-09T08:45:26+09:00</issued><modified>2008-04-09T00:05:36Z</modified><created>2008-04-08T23:45:26Z</created><summary>4月5日（土）より、山形フォーラムで劇場上映が始まりました。
初日の桑山さんの舞台挨拶も無事終了しました。

　　舞台挨拶

今まで地球のステージを見にきて！と積極的に営業したことはなかったのですが、今回は友人はじめいろんな人に声をかけました。

小学生の娘さんをもつ...</summary><author><name>aki</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[4月5日（土）より、山形フォーラムで劇場上映が始まりました。<br />
初日の桑山さんの舞台挨拶も無事終了しました。<br />
<br />
<a href="images/aisatu.jpg" target="_blank"><img src="images/aisatu.jpg.300px.jpg" width="300" height="225" alt="舞台挨拶" class="pict" /></a>　　舞台挨拶<br />
<br />
今まで地球のステージを見にきて！と積極的に営業したことはなかったのですが、今回は友人はじめいろんな人に声をかけました。<br />
<br />
小学生の娘さんをもつ友人が感想を寄せてくれました。<br />
「○○○（娘さん）は初めて見る・知る出来事が多かったらしく、始終黙ってじっと見入っていました。私にとっても、遠い国の事として知っていた”つもり”のことが、ここで身近な人が頑張っているんだと思うと、同じ時代に同じ地球で生きるものとして急に身近なことに感じられました。」<br />
<br />
じっと見入っていたという娘さんはこの4月で4年生になりました。<br />
何を感じ、どんな思いを抱いたのか、ぜひ聞いてみたいですね。<br />
<br />
<a href="images/eiga-2.jpg" target="_blank"><img src="images/eiga-2.jpg.300px.jpg" width="225" height="300" alt="映画表示" class="pict" /></a>　　映画館の表示板<br />
<br />
<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>西のマサイ族、ソロモン</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.e-stageone.org/?eid=634074" /><id>http://blog.e-stageone.org/?eid=634074</id><issued>2008-04-03T04:58:10+09:00</issued><modified>2008-04-02T19:58:11Z</modified><created>2008-04-02T19:58:10Z</created><summary>マサイマラ国立公園にたどり着きました。
　アンボセリ国立公園とは異なり、こちらは緑がとても豊かです。アンボセリ国立公園は、どうしてもキリマンジャロを見るという目的が中心で、マサイの村のジョエルがいっているように、干ばつに襲われてますます動物はいなくなって...</summary><author><name>ドクトルK</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[マサイマラ国立公園にたどり着きました。<br />
　アンボセリ国立公園とは異なり、こちらは緑がとても豊かです。アンボセリ国立公園は、どうしてもキリマンジャロを見るという目的が中心で、マサイの村のジョエルがいっているように、干ばつに襲われてますます動物はいなくなっていました。<br />
　しかしマサイマラ国立公園は、それでも多くの緑があり、動物たちも余裕の姿で生活していました。<br />
　そしてまたマサイ族の青年に会ったのです。ソロモン、24歳。<br />
<img src="images/solomon.jpg" width="275" height="206" alt="ソロモンさん" class="pict" /><br />
西のマサイ族、ソロモン<br />
<br />
　「僕は、マサイ族だけど洗礼を受けて、ソロモンという名前をもらった。英語も教会の学校で一生懸命勉強して話せるようになった。<br />
　National GeographicやBBCが僕たちマサイ族のことを色々と取り上げている。でも誤解も多いから、僕は積極的にマサイ族のことを伝えるために英語を特訓したんだ。」<br />
　とても理知的なマサイ族の青年です。色々と質問しました。<br />
　まずは最近の気候変動について・・・。<br />
　「確実に雨が降らなくなっているよ。マサイマラでも一件緑はあるけど雨は年々少なくなっている。そして雨が降る時は一気に降って、自然が怒っているように思う」<br />
　ジョエルの村の牛が800頭死んだことについて話してみました。<br />
　「東のマサイの村が、そうやって干ばつの被害に遭っていることは知っている。だからいくつかの村は、この西のほうに引っ越してきているんだ。どこのマサイの村も多くの問題や課題を抱えているよ。」<br />
　どうするといいのか、ソロモンなりの意見を聞いてみました。<br />
　「マサイ族は、だから移動する。定住は危険だからだ。この十年間の間でも気候の変動は数知れずあった。もちろん最近ほどではなくても雨が降らない、または洪水の年もあった。そんな時、我々マサイ族はより過ごしやすいところを目指して移住する。定住は逆に人間の生きる幅を狭くしてしまうからだ。<br />
　ジョエルの村は葛藤の日々だろう。観光収入を得るためには定住が基本だ。しかしそうすると移住の自由が失われて、激しい気候の変動に対応できない。<br />
　どうやって自立していくかは、それぞれのコミュニティの判断になる。ジョエルは、自分たちが選んだ「定住」という選択肢の中で工夫しながら、助け合って生きていく道を選んだのだ。」<br />
　移住した先でのマサイ族同士の土地や資源の争いはないのかと聞くと、<br />
　「そんなものありはしない。我々はマサイ族として一つの大きなファミリーをつくっている。多くの結婚のやり取りで、各村々には血縁ができている。タンザニアのセレンゲティに住むマサイ族ともいつも交流している。タンザニアとケニアの間には政治的な国境があるが、私たちにはない。自由に行き来しているのだ。そうやって、マサイ族は一つの大きなコミュニティを形成し、助け合うことを基本としている。」<br />
　ジョエルの村に対するアドバイスは、と聞くと<br />
　「早速うちのコミュニティの長（おさ）にその情報を流すよ。アンボセリのInchurra（インチューラ村だよな。了解した。）<br />
　定住化や分業化によって都市の問題が起き、人間単独で生きる力は弱くなったのかもしれません。しかし移動の生活が人類の究極の自立の姿なのでしょうか。<br />
　同じマサイ族でも生き方は違ってきているようです。しかし大切なのは争いなく、いじめなどなく、お互いが殺し合うことなく生きていくことでしょう。その意味においては観光の道を選んで定住化しているジョエルの村も、変化する自然環境に適応するべく移動を基本としている国境なきソロモンの村も、人類の目標とする「平和」を実現しているように思えます。<br />
　やはり彼らから学ぶことは大きいと思いました。<br />
<br />
　さて、短かったケニア再訪（４回目）ですが、4月3日（木）にはナイロビのJICA事務所を訪ね、6月のJICAの仕事の打ち合わせと、平成19年度４次隊の皆さんとの再会を果たして4日（金）の夜には中部国際空港に帰国します。<br />
　そしていよいよ翌日は全国で初めての、映画「地球のステージ〜ありがとうの物語」の映画館公開（in山形フォーラム）ですね。<br />
　帰国してもがんばるぞ〜<br />
<br />
くわやまのりひこ]]></content></entry><entry><title>ジョエル、再会</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.e-stageone.org/?eid=633496" /><id>http://blog.e-stageone.org/?eid=633496</id><issued>2008-04-01T03:50:30+09:00</issued><modified>2008-03-31T18:50:31Z</modified><created>2008-03-31T18:50:30Z</created><summary>3年ぶりで、マサイ族のジョエルを訪ねました。

　「地球のステージ3」で登場する彼は、破壊されていくケニアの自然環境の中でも、自分のマサイ族の村を自立に導くため、実に数多くのプランを実践し、見事に村々を平和に導いていました。
　そのあまりに先駆的な試みに感激し...</summary><author><name>ドクトルK</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[3年ぶりで、マサイ族のジョエルを訪ねました。<br />
<br />
　「地球のステージ3」で登場する彼は、破壊されていくケニアの自然環境の中でも、自分のマサイ族の村を自立に導くため、実に数多くのプランを実践し、見事に村々を平和に導いていました。<br />
　そのあまりに先駆的な試みに感激した僕は、結局4年前、3年前とずっと彼の村に通い、いろんなことを教えてもらってきていたのです。<br />
　彼は「村長の息子」として「村の自立」「村々の共存」を真剣に考えていたのです。<br />
<br />
　そして2008年、彼は「村長の息子」から「村長」になっていました。<br />
　そころがこの7ヶ月続いた大干ばつで、ジョエルの村は牛を800頭失い、現在はたった9頭になっていました。<br />
　「ギリギリのところで生きているよ」<br />
　ちょっと老けてヒゲを生やしたジョエルは言いました。<br />
<img src="images/joel.jpg" width="300" height="225" alt="ジョエル" class="pict" /><br />
ジョエル<br />
<br />
　「とにかくぜんぜん雨が降らなかった。普通乾期は雨が降らないものだが、この7ヶ月は一滴も降らなくて牛がバタバタと死んでいった。おまけに昨年11月からのケニアの政治的不安定さで観光客は激減したんだ。それで現金収入も激減したよ。一時はこの住み慣れた村をどこかに移動しようとも考えたけど、どこも状況は同じだった。草木は枯れ果て、家畜を生かす環境ではなかったんだ。」<br />
　それでも、どうやって生き延びてきたのか、と問うと、<br />
　「助け合ってきたよ。おかげでうちの村のように観光客を入れて現金収入を得ようとする村があのあと2つできた。そことの連携を強めて、お互い助け合ってきた。それから、売れる産品を増やし、市場開拓のために離れた街までいくようにもした。子どもが増えると貧困度数が上がるから、この危機を切り抜けるまで、普通は5，6人子どもを持つものだが、家族にお願いして2，3人でとどめておいてもらっている。<br />
　あとは「サファリ・コム」という携帯電話＆インターネット会社と連携して「マサイ族とメールのやり取りをしよう！」というキャンペーンに乗って、「ジョエルのアカウント」に質問をくれた人へ、僕が返事を書くと、定額でお金が入ってくるという作戦にも出ている。とにかくやれることは何でもやってしのいできた。<br />
　そして先週からようやく恵みの雨がきた。見てくれ、ちょっと緑っぽくなってきただろう？」<br />
　すごい男だ。インターネット環境は10キロ離れた教会に設置してもらっているそうです。<br />
<br />
　おそるべしジョエル。<br />
<br />
　最後に言われました。<br />
　「よくも忘れないで何度も来てくれるなあ。普通の客は一回来たらもう来ないよ。あと一体何回来るつもりだい？」<br />
　そう言って笑ったジョエルには、確かに「村長の威厳」がありました。<br />
　確実に雨が降らなくて、そして政治が不安定でジョエルたちは困窮しています。しかしできることをやって、何とか生き延びている彼らの村は昔と同様、電気、ガス、水道もマッチもなく、基本的な自給自足を貫いています。<br />
　「子どもたちへの教育はかかさないよ。校舎はずいぶん壊れたけどね。大きめのドナー（提供者）を見つけるように、今ネットで交渉中だ」<br />
　そう言うジョエルの履物は古いタイヤを改造して創った「自作」の草履でした。<br />
<br />
　ジョエル、あなたの生き方を誇りに思います。<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>ケニアに出かけます</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.e-stageone.org/?eid=632761" /><id>http://blog.e-stageone.org/?eid=632761</id><issued>2008-03-29T17:52:53+09:00</issued><modified>2008-03-29T08:52:54Z</modified><created>2008-03-29T08:52:53Z</created><summary>桑山です

　今日、29日土曜の夜からケニアに出かけます。
　「地球のステージ3〜国境なき大地」に出てくる「ケニア温暖化篇」。今から3年前に創りました。
　果たして現在はどうなっているのか。マサイ族の村長の息子、ジョエルはどうしているか・・・。
　3年ぶりに訪れます...</summary><author><name>ドクトルK</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[桑山です<br />
<br />
　今日、29日土曜の夜からケニアに出かけます。<br />
　「地球のステージ3〜国境なき大地」に出てくる「ケニア温暖化篇」。今から3年前に創りました。<br />
　果たして現在はどうなっているのか。マサイ族の村長の息子、ジョエルはどうしているか・・・。<br />
　3年ぶりに訪れます。<br />
　今は雨期なのですが、雨の降り具合も気になります。<br />
<br />
　4月4日の夕方に中部国際空港に降り立ち、運よければ仙台空港に戻れまずが、間に合わない場合は、そのまま中部国際空港に泊まって、4月5日（土）の朝に戻ります。<br />
　<br />
　そしていよいよ全国初、劇場公開の映画「地球のステージ〜ありがとうの物語」が始まりますね（山形フォーラムにて）。<br />
　2回目の終わりには、挨拶させていただきます。<br />
<br />
　では、行ってきま〜す!<br />
<br />
くわやまのりひこ]]></content></entry><entry><title>季節の変わりめ</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.e-stageone.org/?eid=631638" /><id>http://blog.e-stageone.org/?eid=631638</id><issued>2008-03-25T02:13:52+09:00</issued><modified>2008-03-24T17:15:55Z</modified><created>2008-03-24T17:13:52Z</created><summary>久々に大風邪をひいてしまいました。
ほんと久しく風邪らしい風邪をひいていなかったのですが、不覚にもこの3月の忙しい時期にひいてしまいました。ようやく復活の兆しです。
というわけで、久々にブログに書き込みです。

3月は季節の変わり目。
いろんなことが変わっていきま...</summary><author><name>aki</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[久々に大風邪をひいてしまいました。<br />
ほんと久しく風邪らしい風邪をひいていなかったのですが、不覚にもこの3月の忙しい時期にひいてしまいました。ようやく復活の兆しです。<br />
というわけで、久々にブログに書き込みです。<br />
<br />
3月は季節の変わり目。<br />
いろんなことが変わっていきますね。<br />
雪も溶け、いよいよ春だ！と気持ちも明るくなっていくのですが、なんとなく3月は物悲しい感じがします。卒業やら転勤やらいろんな人とさよならしなきゃいけないからですかね。<br />
卒業プレゼントということで、中学校に地球のステージがよばれることも多い時期です。<br />
新しく始まるこれからの生活に、何かちょっとした糧になってくれればなあ、なんて思いながら体育館の後ろから見ていたりします。<br />
<br />
今日は神戸でステージでした。<br />
今年度の公演もあと残すところ2回になりました。<br />
しっかりと今年度のステージを締めくくらないと！ですね。<br />
<br />
4月5日から山形フォーラムで映画上映も始まります。初の劇場上映なのでどのくらいの人が入ってくれるのか・・・<br />
10：00〜11：40、14：20〜16：00の1日2回上映になります。5日の2回目の上映後には桑山さんの舞台挨拶もあります。<br />
山形はちょっと遠いなあ、という方ばかり？かもしれませんが、ひと入れ〜とお祈りしていてくださいね。<br />
<br />
季節の変わり目、新しいことが待っていますね！<br />
]]></content></entry><entry><title>3月のステージ</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.e-stageone.org/?eid=629578" /><id>http://blog.e-stageone.org/?eid=629578</id><issued>2008-03-16T22:06:01+09:00</issued><modified>2008-03-16T13:06:01Z</modified><created>2008-03-16T13:06:01Z</created><summary>今年も3月のステージが続いている。
　この時期は卒業のシーズンで、よく「卒業記念」に迎えられることが多い。
　親や先生たちの熱い気持ちが、生徒たちに向けられる大切な時期であるが、ステージ的には苦労することがある。
　3年生が浮ついているのだ。
　そりゃあ受験も終...</summary><author><name>ドクトルK</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[今年も3月のステージが続いている。<br />
　この時期は卒業のシーズンで、よく「卒業記念」に迎えられることが多い。<br />
　親や先生たちの熱い気持ちが、生徒たちに向けられる大切な時期であるが、ステージ的には苦労することがある。<br />
　3年生が浮ついているのだ。<br />
　そりゃあ受験も終わり、あとは発表の待つのみ、という場合もあるだろう。卒業を目の前にすると、「学校」というしばりから一瞬解放された気持ちになって、浮つくのも仕方あるまい。<br />
　しかし1，2年生から見るとなんともみっともない姿に映るだろう。<br />
　「せっかく周りがお祝いしようとしているのに、ぶち壊しやなあ」という場合も、時には目にする。<br />
　そんな時は、「地球のステージ」の公演中にワークショップが始まるのだ。<br />
　名付けて「PP法」＝People's Power法<br />
　これは、その一部騒いでいる3年生を取り上げて行うものである。<br />
<br />
　「今みんなの中学校は戦争状態だ。戦争はいつも一部の心無い人たちが暴力的になることで始まっていく。ほとんど人が、ただ普通に暮らしたいだけなのに、この体育館で言えば、まじめに聞きたいだけなのに、一部の心無い人たちがそれを壊していく。<br />
　それが戦争というもので、みんなの体育館は今戦争状態だ。<br />
　どうしたら、それを終わらせることができるだろうか、考えてみよう。<br />
　まず直接みんなの誰かが、その騒いでいる人たちに、<br />
　「おい、静かにしろよ！」<br />
　と言う。すると絶対に、<br />
　「なんだてめえ、かっこつけんなよ」<br />
　と逆ギレされて殴られるのがオチ。これはいい方法ではないようだ。<br />
　じゃあ、僕が壇上から、<br />
　「そこのおまえたち静かにしろ！」<br />
　という。しかしきっと、<br />
　「けっ！大人がうるせえよ」<br />
　で終わり。これも得策ではないようだ。<br />
　国連が、大上段に振りかざして「戦争をやめたまえ」といっても、決して戦争が終わらないこととよく似ている。<br />
　そこでみんなに提案だ。<br />
　次の曲が終わったら、今までの拍手を「2割り増し」にしてくれ。それが、この暗闇の中で、みんな一人一人が無言のうちに、その心無い者たちに、<br />
　「おい、おまえらまじめに聞け！」<br />
　というサインだとしよう。<br />
　ここは暗闇だから、誰がどの程度拍手を割り増しにしたかは、その人たちにはわからないよ。<br />
　このステージをちゃんと聴きたいと思っている人は、思いきって意思表示をしてみてくれ〜。<br />
<br />
　すると、多くの場合は拍手は4割〜8割り増しになる。<br />
　それをつかまえて、<br />
　「な、そこで騒いでいた人たち、君たちの同級生が、そして仲間が”ちゃんと聞け”という意思表示をしたぞ。あとは君たちが、正しいという行いをしてくれ」<br />
　と問い掛けると、見事に彼らは静かになる。<br />
　その拍手が割り増しとなって聞こえてきた時、多くの先生たちが、<br />
　「泣けてきた。自分たちの生徒が、こんな力を持っているとは」<br />
　と、おっしゃる。<br />
　結構感動のワークショップに変わる。<br />
<br />
　結局一部の心無く騒ぐものたちは、先生や親といった「大人」の言うことには反発する。ましてや突然やってきた壇上の「大人」である桑山の言うことなんて、<br />
　「けっ！」<br />
　って感じだろう。<br />
　しかし彼らが一番気にするのは、同級生であり、同じ「生徒たち」なのだ。<br />
　その隣人たちがきちんと意思表示をすると、彼らはショックを受け、そして静かになる。<br />
<br />
　それでも静かにはならなかった学校が、ほんの若干ではあるけど存在する。<br />
　それはまた別の対応が必要だと思うが、やはり中学生は難しい年齢だけど、何かを待っている存在でもあるのだろう、とよく感じるものだ。<br />
<br />
　ざわついて、聞けない子どもたちがいる中学校は、最近だからドキドキしながら、このPP法を思いきり使わせてもらっている。<br />
　それこそが、ライヴである「地球のステージ」を困難な中学校で公演する、一つの大きな意味だからだ。<br />
　自分も、中学生たちに鍛えられて、少しずつ強くなっているように思う。<br />
<br />
ドクトルＫ]]></content></entry><entry><title>47全都道府県制覇</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.e-stageone.org/?eid=624629" /><id>http://blog.e-stageone.org/?eid=624629</id><issued>2008-02-27T02:47:54+09:00</issued><modified>2008-02-26T17:47:55Z</modified><created>2008-02-26T17:47:54Z</created><summary>1996年1月15日に始まった「地球のステージ」ですが、ついに全都道府県すべてを回る事ができました。
　2月24日（日）、滋賀県での公演でついにグランド・スラムが達成されました。
　あっという間の12年でした。
　12年ですべての県を回る事が遅いのか、早いのかわかりません...</summary><author><name>ドクトルK</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[1996年1月15日に始まった「地球のステージ」ですが、ついに全都道府県すべてを回る事ができました。<br />
　2月24日（日）、滋賀県での公演でついにグランド・スラムが達成されました。<br />
　あっという間の12年でした。<br />
　12年ですべての県を回る事が遅いのか、早いのかわかりません。でもこんなに拡がったのは、ひとえに「人間のつながり」そのものです。なぜなら一切広報をしていない私たちは、口コミだけに頼ってきたからです。<br />
　口コミはすなわち人間のつながり。全国の熱き人々に、本当に感謝しています。<br />
　<br />
　滋賀の公演には北は岩手、仙台、埼玉、茨城から、中部は砺波、金沢。西は大阪、神戸、北九州から人が駆けつけてくれて、盛大なものとなりました。折しもの大雪で、列車ダイヤが乱れ、高速道路が不安手になる中、実に満員の人たちに囲まれて、記念すべき全国制覇の公演が進んでいきました。<br />
<br />
　音響の須藤さん、ここまでよく着いてきてくれました。ピアノでライヴを奏でた事務局石橋優子ちゃんも学生時代から、よくついてきてくれました。現在は同じく学生時代からの関わりで事務局を支える上野美穂ちゃんも、一緒に祝えました。<br />
　そして何より、97年よりずっと関わり、海外事業はもちろん、ほとんどすべての県に行っている事務局長、後藤あきちゃんの栄誉をたたえたいと思います。<br />
　現在のメンバーの中でもっとも長い関わりのあきちゃんは、いろんなドラマを見てきました。感慨ひとしおだったと思います。<br />
　本当にありがとう。<br />
<br />
　そしてこれからは海外進出、ステージ5番の初演、更なる全国展開をめざし、2008年も確実に前に進んでいけるようにがんばります。<br />
　どうか全国の皆さん、応援してください。<br />
<img src="images/zenkokuseiha.jpg" width="240" height="180" alt="全国制覇記念" class="pict" /><br />
前日の祝賀会にて（岐阜市、長良川温泉）<br />
<br />
　そして最後に、故郷飛騨高山から、前の日の祝賀会以来ずっといてくれた兄ちゃん、お袋に感謝します。本当は親父にも見て欲しかったけど、天国だもんね。でもきっとそこにいてくれたよ。<br />
　いつもそうやって小さい頃からずっと苦楽を共にしてきた兄ちゃん、母ちゃんにこのステージが見てもらえて嬉しかった。<br />
　あなたの息子は、全国のみんなに支えられて、ここまで来ました。<br />
　これからも謙虚さを忘れず、更なる展開をするから、時々ステージに来てね、お袋。<br />
<br />
　では、また全国のステージでお会いしましょう!]]></content></entry><entry><title>空飛ぶドクター</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.e-stageone.org/?eid=620614" /><id>http://blog.e-stageone.org/?eid=620614</id><issued>2008-02-11T11:56:06+09:00</issued><modified>2008-02-11T17:04:46Z</modified><created>2008-02-11T02:56:06Z</created><summary>今回のエレズ検問所はいたって簡単な手続きだけで入れ、桑山さんってラッキーだな、とつくづく思ったものです。8月に１人で入った時は大変大変。3時間も待たされようやくOKをもらえたのに・・・帰りなんてわずか30分ちょっと。機材だらけの桑山さんのスーツケースはX線検...</summary><author><name>aki</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[今回のエレズ検問所はいたって簡単な手続きだけで入れ、桑山さんってラッキーだな、とつくづく思ったものです。8月に１人で入った時は大変大変。3時間も待たされようやくOKをもらえたのに・・・帰りなんてわずか30分ちょっと。機材だらけの桑山さんのスーツケースはX線検査をくぐり抜け、衣服しか入っていないような私のスーツケースは再検査です。いったいどうなってんの、このエレズは！と思いながらも、係員が私のスーツケースを念入りに調べ上げていきます。それでも、前回よりは数百倍も簡単な検査でエレズを抜けイスラエルに入国できました。今までで一番簡単です。一緒に抜けたスウェーデン人の監督も、12月の時は2時間半かかってようやく入国できたと言っていました。今回はガザ封鎖の一件もあって、比較的簡単に入れたのでしょうか？でもこれがこの先続くとは絶対言えないのが、エレズ検問所です。<br />
<br />
翌日ラファとエジプトの国境は塞がれ、イスラエル国境の町では自爆テロが起きました。私達はイスラエル北部のシェイク・フセインブリッジというところからヨルダンに抜けましたが、もし1日遅れていたらエレズは通れなかったかもしれません。ガザからミサイルをイスラエルに撃ち込んだようですし、イスラエルもガザ北部（エレズ付近）に侵攻したようですから・・・。一日一日どうなるかわからないような状況がパレスチナです。<br />
<br />
今回はヨルダンで心のケアのセミナーを実施したり、クロアチアに飛んでアリッサに会ったりと大忙し、大移動の毎日でした。それでも多くの出会いがあり、真剣な眼差しに多く出会いながら充実した時間を過ごして帰途につくことができました。<br />
<a href="images/seminar.jpg" target="_blank"><img src="images/seminar.jpg.300px.jpg" width="300" height="224" alt="" class="pict" /></a>心のケアのセミナー：アンマンにて<br />
<br />
深夜3時に到着、出発などという移動を繰り返し、ようやく日本に戻る飛行機にどかっと腰をおろし寝静まった時アナウンスが響きました。みなさんもご存知の通り、ドクターコールです。正直私は寝入っていたのでそのアナウンスには気付かず、何かごそごそ動く人の物音で目が覚めました。CAさんと共に患者さんのところへ向かう桑山医師の姿でした。それからというもの、結構な時間が過ぎていきました。しばらくするとCAさんがバタバタと行き交います。これはロシアあたりに緊急着陸かあ？とドキドキしました。かなりの回数飛行機に乗っていてもまだ遭遇したことのない出来事なのでどうなるんだろう？と思って考えを巡らせていると桑山医師が戻ってきました。<br />
<br />
どっと疲れた様子の桑山さんでしたが、「大丈夫、とりあえず落ち着いたから」と。うーん、やっぱりドクターだったんだあ！と改めて思った瞬間です。患者さんは落ち着いたようで、その後6時間のフライトにも耐え、無事帰国したのでありました。桑山さんのブログにもあったと思いますが、昨年は札幌行きの飛行機で急病人が発生し、離陸後10分足らずで席を離れた桑山医師。着陸するまで自分の席には戻ることもなくずっと患者さんにつきっきりでした。<br />
<br />
普段は医師としての姿を目にすることより、ステージに立っている姿を見ることの方が圧倒的に多いですが、海外支援やこのような緊急の場面に出くわすと、医師「桑山紀彦」と遭遇します。<br />
普段からぎりぎりの時間で移動していることが多いのですが、新幹線ホームで急病人と聞くと放っておけずに駆け付けます。次の電車に乗らないと間に合わないのに・・・と思いつつも見捨てることはできないんでしょうね。「見て見ぬふりしない」これが桑山医師の信条。緊急医療を目差すのも同じ思いからなのかもしれません。<br />
<br />
医師としての役割、ステージに立って伝えていくという役割、両立していくことはなかなか難しいことですが、まっすぐ向き合って取り組んでいます。どうぞみなさん、両方を応援してあげてくださいね。]]></content></entry><entry><title>帰国しました</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.e-stageone.org/?eid=620284" /><id>http://blog.e-stageone.org/?eid=620284</id><issued>2008-02-10T22:17:34+09:00</issued><modified>2008-02-10T14:48:58Z</modified><created>2008-02-10T13:17:34Z</created><summary>今日、帰国しました。

アリッサは元気でした。
話し合いの結果、現在通い始めているパソコン教室を3ヶ月通って試験を受け、上をめざそうということになりました。
当面は、アリッサがそのパソコンを使って英語でぼくたちに手紙を書く、というのが具体的な目標です。
パソコン...</summary><author><name>ドクトルK</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[今日、帰国しました。<br />
<br />
アリッサは元気でした。<br />
話し合いの結果、現在通い始めているパソコン教室を3ヶ月通って試験を受け、上をめざそうということになりました。<br />
当面は、アリッサがそのパソコンを使って英語でぼくたちに手紙を書く、というのが具体的な目標です。<br />
パソコン一式を支援してきました。<br />
<br />
<a href="images/allisa.jpg" target="_blank"><img src="images/allisa.jpg.300px.jpg" width="300" height="225" alt="" class="pict" /></a><br />
一生懸命練習するぞ！<br />
<br />
少しずつだけどアリッサも前に進み始めています。<br />
<br />
最後はフランクフルトから成田まで11時間でしたが、途中機内アナウンス。<br />
「どなたかお医者様はいらっしゃいませんでしょうか!<br />
急病人です！」<br />
待ってました!!<br />
とばかりに飛んでいきましたが、てんかんの発作です。<br />
処置して見守り、少々くたくたになりましたが、最後にはその方も笑顔で降機されていきました。よかっやよかった。<br />
<br />
これまで何回の「機内呼び出し」を受けてきたことでしょうか。昨年は札幌便の機内で呼び出し、肺が片方つぶれた状態で危ないところでしたが、何とか札幌には着陸しました。<br />
<br />
そんなアクシデントもありましたが、現在無事に帰宅しています。<br />
<br />
来週からまたステージの日々です。2月14日（木）は18：30〜都内、JICA地球ひろばでの映画試写会です。<br />
「地球のステージ〜ありがとうの物語」<br />
日本PTAの特別推薦もいただけて、今後の展開、楽しみです。<br />
<br />
では、また、現場でお会いしましょう！<br />
<br />
くわやまのりひこ]]></content></entry><entry><title>針金の人生</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.e-stageone.org/?eid=619605" /><id>http://blog.e-stageone.org/?eid=619605</id><issued>2008-02-08T03:55:01+09:00</issued><modified>2008-02-07T19:03:49Z</modified><created>2008-02-07T18:55:01Z</created><summary>ヨルダンでの仕事が終わりました。

　イラク難民の支援を心理社会的ケアということで行っていますが、NICCO（日本国際民間協力会）のスーパーバイザーである桑山は、ずっとこの仕事をさせてもらっています。
　今日は、アンマン市内の豪奢な会議場を借り、この分野に興味と...</summary><author><name>ドクトルK</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[ヨルダンでの仕事が終わりました。<br />
<br />
　イラク難民の支援を心理社会的ケアということで行っていますが、NICCO（日本国際民間協力会）のスーパーバイザーである桑山は、ずっとこの仕事をさせてもらっています。<br />
　今日は、アンマン市内の豪奢な会議場を借り、この分野に興味と関心のある政府関係、国連関係、NGO関係のスタッフが集い、桑山の講義を聴くという、なんともえらそうな内容なのです。<br />
　全編を英語でしゃべり、質疑応答も英語という過酷な環境ですが、スリランカ、ペルーで同じような講座を担当してきたので慣れてはいますが、やはり大変疲れます。<br />
<br />
　途中で、実際に参加者の皆さんにワークショップをしてもらいました。<br />
　題して「針金の人生」<br />
　針金を自分の人生に見立てて折り曲げて、人生のアップ＆ダウンを表現してもらいます。<br />
　そしてその要所要所のターニングポイント（折れ曲がり部分）に、粘土でそれを象徴するもの(Icon)を作り貼り付けます。<br />
　そして発表するのです。<br />
<br />
　イラクから逃れてきて、今国際機関で働いているサバーさんは75歳。針金を使って語り始めました。<br />
<img src="images/sabah.jpg" width="200" height="266" alt="サバーさん" class="pict" />サバーさん<br />
<br />
　「ワシの人生は75年、この短い針金にたとえるには長すぎるから、途中から表現したよ。<br />
　あの頃のイラクは平和だった。<br />
　暮らしに不自由はなく、人々は平和に暮らしていた。<br />
　それを表すなら粘土は「白」。誠実と安定を示す色だ。<br />
　しかし、あの日から人生は転げ落ちた。<br />
　独裁政権が始まり、国は戦争へ向かって転げ落ちていった。<br />
　だからワシの針金は急激に落ちていく。そして色は「赤」。戦争と血の色だ。<br />
　どん底まできたワシは一大決心をした。すべてを捨てて、この国をでよう、と。<br />
　そしてヨルダンにきた。<br />
　人生の針金は、一見上り坂に見えているが、そうではない、ワシはそこに黄色の粘土をつけた。それは「苦労」の色だ。<br />
　ヨルダンでもいろんな困難に出会った。<br />
　いじめや阻害、差別に出会った。<br />
　そして再び、人生の転機が訪れた。家族の死だ。大切な家族を失った。だからそこに悲しみの色、「赤」をつけたよ。<br />
　それでもがんばれば、この国に居場所が見つかっていった。<br />
　仕事を得て、少しずつだけど仲間も得た。だから、安定を表す「白」の粘土をつけた。<br />
　それでも、困難はやって来る。<br />
　また家族を失った。<br />
　肉親の死はいつも辛いが、容赦なくやって来る。だからそこには悲しみの「赤」の粘土。<br />
　そして、いろんな苦労をしながらも、今の仕事を得て、人生は少しずつ上り調子のようにも感じられる。<br />
　そしてこの針金のはじっこの部分、そう「現在」。<br />
　そこにワシは粘土をつけられなかった。<br />
　これからのワシはどうなっていくのか、どうするといいのか、はっきりとわからないのだ。<br />
　だから今そこに粘土はない。<br />
　がんばっても苦労はやって来る。しかし努力を止めたら人生は下り坂だ。だから、人生はいかようにも変わりうるのだと信じて、粘土をつけない。<br />
　そう、この年になっても、ワシは将来をあきらめないのだ。<br />
　だからワシはそこに今は粘土をつけない。<br />
　それこそが、ワシの人生だからだ。」<br />
<br />
　聞きながら、涙が出てきました。<br />
　平和だった頃の祖国、イラク。二転三転する人生。それを針金と粘土を使ってちゃんと表現してくださったサバーさん。<br />
　最後に握手した手は忘れられません。<br />
<br />
　「今日、遠い日本からきた君にここで会えた。そういう幸せが人生をいいほうに変えて行く。だから、ワシの針金の人生は、ぴょんと上を向いているじゃろ！」<br />
<br />
　暖かい、手だった。<br />
<br />
　明日、アリッサに会いにクロアチアへ行きます。<br />
<br />
くわやまのりひこ]]></content></entry></feed>