江里ちゃんの赤いシクラメン

 江里ちゃんは避難所に暮らす21歳です。

 うちは閖上で崩壊したと聞いていました。
 あの日、仙台の職場で被災した江里ちゃんは、家族に連絡しましたが全く携帯が通じません。不安な中江里ちゃんは家のある名取の方向を歩いて目指しました。しかし、大渋滞と人混みに圧倒されてなかなか前に進めない。日はとっぷりとくれてこれ以上の暗闇を進むことはできません。やむなく江里ちゃんは道の脇にある民家に泊めてもらう事になりました。
 若林区の荒浜と名取の閖上が津波にのみ込まれて崩壊したという噂に、気が遠くなりながらまんじりともしない夜を過ごしました。
 朝、再び閖上に向かって歩き始めた江里ちゃんは閖上方面が平たくなり、幾筋もの煙が上がって崩壊している風景を目にしました。あまりに恐ろしくてこれ以上は近づけないけど、家族や家がどうなったのか心配でなりません。
 そんな時ようやく家族と携帯がつながり、避難していることを知りました。だから閖上の自宅には寄らず直接避難所で家族と合流しました。お父さんは行方不明でした。
 それから江里ちゃんの避難所生活が始まりました。
 いつもこの現実が夢であってくれればと願うけど、それはあくまで「本当のこと」で現実にいつもつぶれそうになります。どうやってこの現実を受け入れていくといいのか、江里ちゃんはいつも重い気持ちを抱えていました。
 僕はそんな避難所にいる江里ちゃんに出逢いました。
 自分の家が崩壊したこと、お父さんが行方不明なこと、これからどうしていくといいのかわからないこと・・・、いくつもの出来事が心に襲いかかってきます。僕はとにかく江里ちゃんのよき聞き手になりたいと願い続けました。でも、家とお父さんを同時に失っている江里ちゃんに、僕はどんな言葉をかけるといいのでしょうか。僕のクリニックは水こそ来たけど流されてもいないし、崩壊もしていません。同じ痛みを味わっていない僕が、一体どんな言葉をかけることができるのでしょうか。自信がなくなります。けれど、いつも外来や訪問診療でたくさんの人の物語を受け止めていかねばなりません。
「俺の家は流されちまったんだ」
「何もかもなくした」
「家族が見つからない」
 そう慟哭する閖上の人たちと、毎日逢い、毎日言葉をかけていくのが僕の役割なのです。
 そんな中、江里ちゃんが言いました。
「明日、自分の家見に行きます」
「・・・大丈夫?」
「怖いけど、見なくちゃって思って・・・」
 江里ちゃんは前に進もうとしています。
「ねえ、江里ちゃん、一緒に家見に行ってもいい?」
「先生が行ってくれるの?」
「うん、江里ちゃんが家を見る時、横にいたいんだ」
「うん、わかった。」
 そして今日の昼、電話が来ました。
「せんせ、今から家に行く」
「わかった、すぐに行くよ」
 そして江里ちゃんの家に向かいました。江里ちゃんの家は大破したみやぎ生協閖上支店の裏です。クリニックから車で5分。
15-1
津波で平たくなってしまった江里ちゃんの閖上
 そこに江里ちゃんがいました。
「ああ、江里ちゃん、ここが家なのか」
「うん」
「ああ、ごめんね。こんなになっちゃって」
「うん」
「江里ちゃんの部屋はどこ?」
「あのアンテナのある二階」
江里ちゃんの家は大破していました。もうここには住めません。江里ちゃんの嗚咽が激しくなりました。
15-2
江里ちゃんの家です
「江里ちゃん、大丈夫?」
「うん、なんて言っていいかわかんないよ」
「そうだよな」
「でもね、先生見て、大事に育てたシクラメンが生きてたの」
「ほんと?」
「うん、10年育ててきたシクラメンなんだ。塩水かぶって大変だったのに、そのあと誰も水あげられなかったのに、ちゃんと生きてたんだ」
 江里ちゃんは本当に大切にそのシクラメンを抱いています。
「よかったね。こんなこの世の地獄のような場所にも花が咲くんだね」
「うん」
15-3
江里ちゃんのシクラメン
 江里ちゃんは泣きながらも笑っていました。
 まるでドラマのようなシーンでした。でもこれも現実の世界。99%の絶望に1%の希望。でもその1%の希望の中に人は生きていけるということを江里ちゃんに教えてもらいました。
桑山紀彦

江里ちゃんの赤いシクラメン」への20件のフィードバック

  1. 桑山先生
    私は大切な友人や同級生を亡くし、ここ3日間気力を無くしていました。
    夢であってほしいと目が覚める度に思いますが、現実なんですよね…
    もっと辛い思いをしている方が沢山いらっしゃるから、頑張らなくちゃいけないのに…
    先生、どうか無理だけはなさらないでください。

  2. 大口町のコンサートに行きました。
    誠さんんと同僚でしたので紹介されました。
    ニュースや新聞でいっぱい情報を受けているのにどこか他人事でした。でも、ステージで歌っている桑山先生は現実でした。自分には何ができるのか少し焦っている自分がいます。
    誠先生と何か一緒にできたらいいな、と心より思っています。
    名古屋の中日新聞に少し前に閖上の大友さんの田んぼの話が載っていました。もじゃもじゃ頭の大友さんでしょうか・・。今日は朝市の話が載っていました。遠く離れた名古屋でも閖上のことが話題になって近く感じました。
    先生、これからがまた大変ですね。私たちは元気です。疲れたら頼ってください。その為に今元気に暮らします。
    日本中が一度の疲れたら終わりです。順に役割を果たしたいです。
    地球のステージと出会ってよかったです。
    私は障害児の学級の教師です。
    ただでさえ、生きにくいあの子たちです。被災地の障害児とその家族はどんなに苦しいかと思うと胸が苦しいです。
    言葉は無力ですが、祈っています。
    皆さんのことを・・・。

  3. 今日、悲しいお知らせを立て続けに聞きました。
    長男の高校時代のクラスメイトが、今回の津波被害にあい閖上で亡くなっていたそうです。
    山形大学の2年生でした。
    お母様とご一緒に死亡が確認され、妹さんはまだ行方不明との事でした。
    姪たちが通う幼稚園の園児が1人津波の犠牲になり、もう1人は未だに行方不明。
    長男のクラスメイトの女の子は、直接話をした事はありませんがふんわりした雰囲気のお嬢さんでした。
    姪の幼稚園の園児は、全く面識はありませんが、やはり自分の子供や姪と同じ歳の子供達が犠牲になっているのを知ると、なんともやるせない深い悲しみに包まれてしまいました。
    桑山先生。
    大変な毎日をお過ごしだと思いますが、これ以上犠牲者を出さないために、持病を持つ人の病が悪化しないようにお願いします。
    私には、何もできません。そんな自分がとても悔しく情けない。お金も地位も名誉もなく、資格も車の運転すらできない。
    私に出来る事は、なんだろう?
    自分自身に問いかけています。

  4. 先日、新聞でえりちゃんと同じ様な話さんをみました。家は大破 でも数年前に植えた、さくらんぼの木が無事だったと。小学生の女の子はさくらんぼの木が頑張って残ってくれていて嬉しい。私も頑張る。って。 ある人に起こった事と全く同じ経験をするなんて事、皆無に等しくないですか?ニーメルと全く同じ経験が出来ないように… でも桑山さんが胸につかえている事を聞いてくれるだけで重い気持ちが少しずつ軽くなると思うんじゃけど… 私も 桑山さんと同じ経験はしてないけど…う~ん 支離滅裂。
    今日は甲子園 東北高校が出ましたね。去年 仙台で会った気仙沼のこうりょう高校の野球部のみんなの事が思い出されました。

  5.   東北高校球児
    春の選抜、被災地、仙台から出場しました。
    選手は被災者。練習の合間、現地で甲子園へ出発するまで、ボランティアとして被災者の皆さんを助けました。
    なんと、凛々しい男の子たちではないですか!。
    練習に明け暮れる他のチームの選手たちより数段輝いて見える高校球児でした。
    試合は敗れましたが、被災地の人々に、頑張る勇気を与えたのではないでしょうか。
    桑山先生も被災者の人々の悲しみ、苦しみ、慟哭を受け止めるのも辛いお仕事だと思います。その悲しみを希望に変えてください。みんな、きっと桑山先生の歌声、笑顔、言葉に、救われるはずですから!!
       和歌山 中尾より

  6. 本当は辛く悲しい話なのに、心温まる感じがするのはなぜでしょう?桑山さんの人間性+医師としての感性がそうさせるのだと思います。この混乱と多忙の真っ最中に又一人救われましたね。ほっとする話題をありがとうございました。

  7. 広島で見た「被爆アオギリ」のことを思い出しました。
    一度は、秋の終わりにイラク人の友人と、二度目は去年の8月6日に、その木の「語り部」の被爆者の方と一緒に見たのでした。
    もの言わぬ植物たちの姿に、声にならない言葉を、人は聞き取るのでしょうか・・・。
    去年アメリカで出会った友人たちから、「地球のステージ」の英語版サイトを周りの人たちに広めている、と返信がありました。
    NY近辺で、友人、知人に募金の呼びかけをしています。
    バンクーバーのみなさん、英訳してくださって、ありがとう! この場をお借りして、お礼申し上げます。

  8. 今回も何と言ってよいのか、パソコンを打つ手が進みません。ですが、みんなにエールを送りたい。先生がコメントで少しでも元気がでるのならば・・・と勝手に願っております。
    目をけして逸らさず先生のBlogを読み続けます。
    先生。本当にありがとうございます。

  9. 私も中日新聞読みました!
    朝刊にも夕刊にも閖上の事が載っていました。
    ついこの前まで「閖上」という地名さえ全く知らなかった情けない私ですが、大口町でのステージ以降なんだか以前から知っていた身近な町のような気がするのです。
    壊滅的な状況にあっても朝市を復活させようと頑張った閖上の皆さんの気持ち すごいですよね!
     
    江里ちゃんのシクラメンはきっと江里ちゃんの気持ちを少しでも明るくしてあげようと必死に生き延びたんだと思います。
    人はどんな小さな事にも希望を見つけることができるのですね。よかった・・・。

  10. 先生のあたたかな寄り添うお気持ちが、どんなにか閖上の皆さんを支えていらっしゃるか。
    私にできることはなんだろう、私たちにできることはなんだろう、まだなにかできるはず。
    東京にいる私は常に自問自答を繰り返す日々を送っています。
    しかし私たちが気持ちだけ焦って行動しては、被災された皆さんにさらにご迷惑をおかけしてしまう。。
    今は時期尚早と自分を抑えて、その時を待ちたいと思います。
    先生、スタッフの皆さん、どうぞお体、大事になさってください。
    燃料問題は早期改善され、皆さんに行き渡る事を願ってやみません。

  11. 陸前高田市の海岸沿いに、津波に耐えた一本の松が残っています。他の数万本の松とこの一本の松の生と死を分けた違いはどこにあるのだろう…と考えてしまいます。人間と同じく生命をもつこの植物たちにも何か強い意志のようなものが存在するのかもしれないな。と思うとこの一本松がとても愛しく思えてきます。
    今回の震災で強い意志を持って生き抜いた人、強い意志を持ってしても自然の脅威には敵わなかった人。名取のあゆむさんは遥か遠い空から今の私たちを見つめて下さっているのでしょうか。あゆむさんの意志は決して断たれたわけではありません。残された私たちが精一杯継いでいくことで、一人の意志が大きな力へ繋がっていくと信じています。
    陸前高田市の一本松は復興のシンボルとして、これからの日本を見守ってくれることでしょう。江里ちゃんのシクラメンはそっと江里ちゃんの心に寄り添って一筋の希望となることでしょう。
    命の尊さを知り、生きている限りはその尊い命を存分に使い果たせるように、一日一日を大切にしようと思います。

  12. シクラメンと江里さんの笑顔にまた前向きなチカラをいただきました。
    ひとつでも多くの笑顔が咲きますように。

  13. 赤いシクラメンにご支援を!!
     トシのせいかまた現実のコメントになります。ゴメンナサイ。
     レトロト食品が枯渇し始めました。多様な原因が想像されますが、下記の商品がコンビニ、スーパーから急に姿を消しました。
      カレールー、ハヤシライス、シチュールー、ポン酢(業務用)、マヨネーズ、トマトケチャップ、栄養ドリンクなどです。
    東京の計画停電と福島原発のあるいは?・・・に備えた買占めと買いだめ、過去にも経験した商品隠しとか、イヤになっちゃうのですが、避難所の皆様にこそ送ろうではありませんか。
     もし、入手可能な方がおられましたら、
    981-1292 名取市増田字柳田80
    名取市役所防災安全課か介護長寿課(TEL022-384-2111内線80)
    へ宅配便で急送して下さい。個人名ですと役所はハネツケますから、また悪知恵になりますが差出人は「地球のステージ」「ロシナンテス」「日本国際民間協力会」と、NPO法人名を表に大書し「救援食材」と朱書きなされるのがベター。 受取人はとりあえず「円満寺内ロシナンテス」
     ケナフ鳥の今日は二度目の「差し入れ」。老シルバーにムチを入れて名取市円満寺に激走いたします。何を届けに? それは明朝のお楽しみ。 まずはシクラメンの花を守ろう !!

  14. 命の逞しさ、輝き。シクラメンの花も必死に生きているんですね。
    健気な花に寄り添う気持ちは温かいですね。
    そして、江里ちゃんに寄り添って温かく包み込んでいる桑山さん。
    心の支えを見つけるお手伝いをこれからもよろしくお願いします。

  15. 今日も一日が終りましたね。
    少しでも、ほんの少しでも、少しずつ未来へ向かって生きている、新しい芽生えを感じます。
    1%の希望があっても、やはり誰かの支えなしでは、現実と向き合うのはとても辛いこと。桑山先生の温かさが、彼ら・彼女たちの、普段では見過ごしてしまいそうな、「小さな何か」を見つける手助けになっているのだと思います。
    明日も、応援しています。

  16. 紀くん、多くの人の心に一輪ずつ花を咲かせてあげていってくださいね。君が話をじっくり聞いてあげたり、時間を共有してあげたりすることで、被災した方々自らが少しずつ心に花を咲かせていってくれると願っています。きっと少しずつ時間はかかるかもしれませんが・・・。
    紀くん、明ちゃん、優子ちゃん、スタッフの皆さん、今日も応援しています!今はまだ名古屋ですが、タイミングを考えて必ずそちらに行かせてください。

  17. すごいです!
    大切に育てられたからこそ、そのご恩を返そうと思ったんじゃないでしょうか。
    シクラメンが生きていたことが、桑山さんや江里さんの心に小さくとも大きな希望になったんですね。
    懸命に生きようとする健気さが、力強さが、希望を繋いでいくことを願います。

  18. 深い悲しみ,絶望の中にも人の強さ,暖かさ,希望を感じさせてくれるブログをいつも読ませていただいただいています。一鉢の花がこんなに希望を抱かせてくれるものなのですね。涙が出ました。もう少し暖かくなれば,被災地にも桜が咲くでしょう。皆さんの気持ちが慰められることを祈ります。
    桑山先生の存在も被災した方に力を与えていると思います。何もできない私ですが,この気持ちだけでも先生に届きますように。

  19. 江里ちゃん
    シクラメンを抱えた江里ちゃんの笑顔に、
    元気をもらいました。
    辛いこともたくさんたくさんあるだろうけれど、
    シクラメンの前で笑った江里ちゃんに勇気をもらいました。
    ありがとう。
    桑山さん
    江里ちゃんのことを教えてくださって
    ありがとうございます。
    江里ちゃんと一緒にいてくれて
    ありがとうございます。

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