心のケア~巡回診療

 今日は名取市文化会館の避難所。心療内科の巡回診療です。

 名取市文化会館。それは昨年5月、我が「地球のステージ」の総会を開催し、「地球のステージ」~一人芝居版の上演を行ったところ。そして今年2月5日は新作「地球のステージ6番」の初演を行ったところです。

 そこは今500人を超える人々の暮らす避難所になっています。ホールは天井が落ちてきていて大変な状況だと聞きました。4月の「清水ミチコ」の公演のチラシがむなしく飾られています。一体いつになったらもう一回ここで公演が見られるのでしょうか。ちなみに 清水ミチコは、僕の小学校、中学校の2つ上の先輩です。家は極めて近くです。

 さて、なかなか心の問題については人に語るのにためらう人が多いのが、ニッポン人かもしれません。だからそんな心の中の壁を少しでも低くして「話してよかった」と思ってもらうために、瀬一杯の気遣いと環境作りをしてカウンセリングに臨みます。

 文化会館の避難所は前にパニックを起こした人の往診にきているので、心の問題についてある程度みんな関心があるかと思う一方で、やっぱり人に何かを語ることは難しいのが人の心かもしれません。あまり希望の方はいらっしゃらないかと思っていましたが、最初にきたのは屈強な男性でした。剛(つよし)さんといいます。

12-1

「いや、えっと、今日相談にきたのはうちの女房のことなんす。女房がどうにかなっちまうんじゃないかって気がかりで、今日は相談にきました。

 うち閖上で、家は完全に流されました。

 実は、息子が、2歳になる翔真(しょうま)がまだ見つかってないんです。あとはうちの母親とばあちゃんも行方不明だったんだけど、ばあちゃんは昨日遺体で見つかって・・・。あと翔真と母ちゃんが見つかってないんです。

 でも俺どこかできっと生きてるって、そう信じたくて、ずっと張り詰めてきたんです。うちの女房もずっと張り詰めてきたんだけど、そろそろ限界みたいで、気持ちに疲れが出てきてるんす。

 俺、ずっと女房に“生きてるかもしんねえから、あきらめずにいこうな”って励ましてるんです。でもようやく新しいアパート見つけた時、うちの女房の両親に”妹夫婦と親父の5人で住みます”ってメール打ってる自分に気づいて・・・。おれ、いつの間にか翔真と母ちゃんのこと、数に入れてなかったんです。そう思うと、俺なんてひどいやつなんだって思えてくるんすよ。遺体で発見されたばあちゃんへの気持ちだって、毎日少しずつ薄れていくんです。そんなふうに、俺そんなふうにあれほど愛おしく思ってた翔真のこと、忘れていってしまうんじゃないかって・・・。そう思うと怖くて怖くて。

 昨日の夜、初めて翔真の夢見たんす。

 棺桶の中に入ってる息子見つけたんだけど、突然“父ちゃん苦しい”って生き返ったんで、急いで鼻や口に詰まってる綿を取り除いてあげたんだ。そんな夢見ちゃったんです。

 生きててほしい。でももう無理かな、って思ってる自分。胸が張り裂けそうすよ・・・。

 自分が生んだ息子が見つからなくてずっとふさぎ込んでる女房見ると、俺どうしていいかわかんなくなる。だって、2年前に喜んで二人して出生届出しに行ったのに、たった2年で死亡届出しに行くなんて、そんなこと女房には耐えられないと思う。俺だって気が狂いそうなのに、女房がそんなこと耐えられるわけがない。だから見つかってほしいって気持ちと、見つからないでどこかで生きてるって思い続けたいって、二つの気持ちで揺れて揺れて・・・。もう、俺どうすればいいんですか・・・。」

 かける言葉もありませんでした。ただただ膝を握って一緒に泣きました。情けない心療内科医です。

 今日も太(ふとし)君と会いました。太君も文化会館で暮らしている少年。2日前にブログに書いた少年です。

 今日は夜泣きが少しずつ治まっている太君と箱庭療法です。

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 箱庭は検査ではなく治療です。心の中にたまっているものを立体的な造形物として表現するもの。津波で家を失った太君が何を表現するか、ですがここで導きすぎてはならない。まず第1回ですから、

「太君。この砂場に、何でも好きなものを並べてみてね」

 と問いかけました。

 そして20分後。太君が

「せんせい、できたよ~」

 と呼んでくれました。そして始まった太君の説明。

「うんとね、人のいない街。人がぜんぜんいない街をつくったよ」

「・・・どうして人がいないの?」

「ここにいる動物がみ~んな食べちゃったから」

「・・・そっか、それで誰もいないんだね」

12-3

「でもね、ここに神社があるでしょ。鳥居には“天”て書いてあるよね。これは天国とつながったところ。そんでね、ここから“再生”が始まるの」

「再生?」

「うん、ポケモンとかでもね“再生”ってあるんだよ。人が生き返って戻ってくるの」

「うん」

「人を食べちゃった動物がね、この鳥居の前でお願いするの。“人を食べちゃってごめんね。どうか人を戻してください”って。」

「すると?」

「そうするとね、人が戻ってくるの」

「そうか。まずどんな人が戻ってくるの?」

「最初は救急車に乗ってる人たち」

「なるほど」

「救急車に乗って人を助けにいくの」

「・・・次に“再生”するのは?」

「うんとね、料理する人。お店が開いてそこで料理をつくってくれるんだ」

「いいね。次に再生するのは?」

「消防士。家の火を消してくれるの」

「次は?」

「自衛隊の人。人を探してくれるんだよ」

「次は?」

「エヴァンゲリオンを操縦する人」

「なんで?」

「エヴァを操縦して街を直していくんだ」

「次は?」

「お医者さん、先生。でもケガしててね、救急車で運ばれるんだ」

「う~ん、先生としては辛いなあ」

「でも疲れてるから、病院で休んでいいんだよ」

「そっか。ありがと」

 優しい少年です。

「太君。街に人が戻ってきたね」

「うん」

「この方が嬉しい?」

「うん!」

12-4

 太君ははっきりと「再生」という言葉を使って説明してくれました。これは、ポケモンでも使われる用語のようだけど「復活」の意味そのもののようです。

 たった9歳の少年は小さな箱庭の中に「消滅」と「再生」を描き、街と人を復活させていきました。僕たちはこの少年に復興の息吹を感じたのです。

桑山紀彦

心のケア~巡回診療」への21件のフィードバック

  1. 桑山さん、国際さん、お疲れ様です。
    毎日毎日、このブログに書かれていること一つひとつが、心をしめつけ、涙があふれそうになります。ひとつのことに深く思いを寄せる前に、すぐさま次のひとつが目の前に示される。
    でも、一つひとつ受け止めていこうと思います。

  2. 大人でもこらえるのに大変な心の痛みを
    子ども達も背負っているのでしょうね。
    心の中の思いを
    周りの大人が協力して
    抱きしめて、支えて、慰めて、一緒に悩んで
    なんとか子どもらしい感情を
    取り戻していけるように。
    わがままだって言っていいし
    喧嘩だってしていいし
    でも今はきっと我慢している子が多いと思います。
    どうしてあげたらいいんだろう…
    豊田おやこ劇場では今週末
    おやこまつり、を開きます。
    「被災地の子どもたちや大人の人たちへ
    お手紙を書こう」
    って呼びかけようと思います。
    電気がなくても
    電話が通じなくても
    手紙だったら何度も繰り返し読んで
    ほっこり心があったかくなるかもなぁって
    考えました。
    桑山先生のクリニックに来る方に
    渡していただけたらと思います。
    4月末には届けたいと思っています。
    いかがでしょうか?

  3. 桑山さん、大変ご無沙汰しております。
    ニッコーのアフガン支援開始時にお世話になりました仲野です。
    今まで職場や住まいの近くに「ステージ」が来ても、新聞記事等で桑山さんの姿を拝見しても、陰ながら応援するだけでしたが、今回ばかりは目に見える形で応援の気持ちを表したいと思い、コメントさせていただきました。
    書きたいことは山ほどありますが、一言だけ・・・。
    長期にわたる活動になると思います。どうぞお身体にはお気をつけて、頑張り過ぎないでください。
    今までもこれからも応援しています!

  4. 山田洋次監督のこんな記事を見つけました。
    http://www.asahi.com/special/10005/TKY201103190182.html
    「私たちが今ほしいのは、同情ではない。頑張れという応援でも、しっかりしろという叱咤(しった)でもありません。そばにいて一緒に泣いてくれる、そして時々おもしろいことを言って笑わせてくれる、そういう人です。だから寅さんに来てほしいのです」
    悲しいときにそばにいて一緒に泣いてくれる桑山先生は、寅さんのような存在なのでしょうか。患者さんと真摯に向き合う姿、尊敬します。桑山流で良いのではないでしょうか。

  5. お疲れ様です。今日から高校野球が始まりました。創部1年で出場を果たした岡山創志高校の野山君の選手宣誓、「私達は16年前阪神淡路大震災の年に生まれ…」から始まり、「人は仲間に支えられる事で、大きな困難を乗り越えられると信じています。頑張ろう。日本。生かされている命に感謝し、全身全霊で正々堂々とプレーする事を誓います。」を偶然耳にしました。CMて何人かの「頑張ろう、日本」を聞いたけど、彼の「頑張ろう、日本」ほど胸に響いたものはありませんでした。
    頑張ろう!

  6. 心のケアーの写真を拝見すると、桑山先生、やはりやつれてらっしゃいますね。
    悲惨な現実と直面し、過酷な境遇の人々と対面され、桑山先生の心も痛んでおられるのではないかと推察されます。
    「人は泣きながら生まれてくる」とは、シェイクスピアのマクベスの中の科白です。
    笑ってばかりではないのが、人が生きるということ、なのだと思います。
    人の痛みを感じることは大事ですが、人と自分は違うということを感じることも大事です。
    桑山先生の、健康をお祈りいたします。
          和歌山 中尾より

  7. 目を逸らさず先生のBlog毎日見ています。
    太君へ。
    とっても上手に箱庭できていたね。
    ビックリしました。
    と、彼にお伝えください。
    先生もどうかお体大切に・・・

  8. 忙しくて仕方がない毎日のなか
    ブログを書き続けてくださって本当にありがとうございます。
    自分を見失いそうなぐらい大変なときでも
    大切にすべきものをいつもちゃんと大切にしている先生の様子を見ると
    自分のなかの大切なものも一緒に大切にされているようで、
    いつも心が温かくなります。
    桑山先生、
    一緒に働いている方々、
    それを応援してくださっている方々、
    それらを囲む全ての人たち、
    みんなに感謝したいです。
    ありがとうございます。

  9. 桑山先生情けなくないです。このように大変な時自分のために泣いてくださる方がいるのは、申し訳なくて、でも心が暖かくなると思います。
    頑張って、気をしっかりもってと言われても辛い現実の中わかっていても無理です。
    ケアしてくださる専門の方々も悲惨な状況を聞くたび、辛さで心の負担が大きくなっていらっしゃるでしょうね。
    災害の過酷さを乗り越えた方々の実体験や参考になるご意見教えていただきたいです。
    体は休めば回復します。心の回復はどうすればよいかわかりません。
    太君の再生という言葉。再び生まれること、人生のやり直し。大きな課題です。

  10.  私は、元高校教師で宮城県内の色麻町に住んでいます。
    専門の農業教育を活かして、ケナフ協議会の役員を永く務めております。そのルートから川原先生のご活躍を知り、このブログに辿りつきました。
     今、西日本の「ケナフ」ご縁の皆様が支援物資をモーゼンと調達中、私は毎朝モーレツにガソリン求めて長蛇の一員、しかし三振ばかり。名取に駆けつけたくても、自慢の軽トラックがただの鉄のハコ、少々お待ち下さい!!
     シェークスピァの次には、チャップリンとか「フーテンの寅」の舞台が待たれる気がします。
     そうそう、私も12年前にニッコーの専門家派遣でベトナム南部のケナフプロジェクトに加わり、何もないダンホォン村に四回滞在しました。いつぞやは、巨大雷がすぐそばに落ちて、かなりヤバかったりと・・・。
    ケナフ協議会(JKA)とは、(財)地球・人間環境フォーラム/ケナフ等植物資源利用による地球環境保全協議会の略称です。
      宮城県加美郡色麻町 勝井 徹 64才 拝

  11.  昨日 奥羽線山形新庄間が復旧し、山形南高校では終了式と離任式が行われました。私の息子は3月1日に卒業しましたが、お世話になった先生が転任なさることになったので、出かけていきました。式の後、桑山さんのご長男が名取の現状報告をしたそうです。テレビや新聞とはまた違う観点からの報告で、息子は新たな衝撃を受けて帰ってきました。ご長男は知的な雰囲気の漂う、桑山さんの子だなあと納得する感じの子だそうです。
     地震以来、普通に生活することに罪悪感を覚え食べ物がのどを通らない状態でいましたが、桑山さんのブログを読んで、私にできるのは普通に生活し働きお金を使って日本の復興の力になることだと思いました。
     ガソリンが買えないのでどこでも歩いていっていますが、道行く見知らぬ人と挨拶や言葉をかわすようになりました。また息子の進学の事で他の地域の人たちと電話で話す機会が多いのですが、皆一様にこちらの事を気遣ってくれます。日本人は能面のような表情の下に暖かい気持ちを持っていたんだと、ほっとさせられました。 
     これからもブログ 読み続けていきます。
     

  12. やっとで、高山市も一般のボランティアの受け入れがはじまりました。とり急いで、市への応募のメールを今送ったところです。自分にできることで人と繋がりたいというのが、参加希望の理由。Dr桑山の今日の診療室でのカウンセリングの記事は、殺伐とした状況の当方ボランティア応援サイドの心の問題も癒してくれる内容でした。ありがとう。あなたの記事に地球規模の癒しパワーを感じます。ブログを通じての天職を努めるあなたは、凄い。…というのも、同じ日本にいながら駆けつけていけない歯がゆさ。多くの人々が、震災以来感じでいるいらだち。行政に相談しようとしても、業務多忙の理由にシャットアウトされるのは、弱小個人には痛烈なダメージ。一人のアリンコには、なんの参加の手立てもないのでしょうか。ボランティア登録し待つだけ??義捐金や物資を届け続けることも、たしかに大切だけど。末端のマンパワーが足りていない報道は毎日絶えなく伝えられる。切実に、出動できず悲しい。

  13. 桑山先生 はじめまして。
    先生の事と地球のステージの事は、先日の大口町の講演の様子をテレビで知り、ここにたどり着きました。
    それから こちらを拝見し 涙をこらえる事ができませんでした。
    先生は大丈夫ですか?
    精神科医である先生に こんなことをメッセージを差し上げるのは失礼かもしれませんが、
    先生 一緒に泣く事しかできなくても いいんですよ。一緒に泣いてくれる先生なんて なかなかいませんよ。
    それに一緒に泣いてくれる人がいると、自分の心がふと 我に返る瞬間があるんです。
    それが 生きる糸口になることがあります。
    先生、 一杯泣いてあげてください。
    そして 先生ご自身も つらい時は こっそり泣いてください。
    たくさん書きたいことがありますが、
    すこしづつ 微力なパワーではありますが送ります。

  14. おかしな位の関東圏のガソリン狂想曲・・・少しでも東北に行きますようにと祈りを込めて、自転車生活を送っています。
    太君の心の再生・・・涙が出ました。
    そちらほどではないにせよ、水戸の子どもたちも少し前とは違うように感じます。
    そんな中、私のバレエの先生がお稽古を再開してくれました。
    節電で電気もつけず暖房も最小限ですが。
    春休みに入る子どもたちが、少しでも踊ることで心が軽減できたらとの思いでした。
    言葉に出さなくても、表現することで子どもたちが元気なればと。
    うちの先生にも、間違って無かったよ!!って伝えます。
    今居る場所で、出来ることをやって行く!それが一番ですね。

  15. 心のケアは、桑山さんがしてくれるからこそ希望が持てるんだろうな…。
    太君のまっすぐな思いには、いつも笑顔にさせられます。
    どんな人だって分かっていることだとは思うんですが、
    どうにもできない気持ちやどうしようもないことばかりでも、
    どうにかなるんだと思います。
    剛さんの息子さんの無事を、切実にねがっています。

  16. 剛さん、本当につらいことですね。胸が痛いです。
    私は専門家ではないのですが、まずは寄り添うことが大切、と思っています。
    桑山さんには、なんだかこの人になら話せそう、受け止めてくれそう、って思わせる
    オーラがあるんだと思います。
    桑山さんの醸し出すあったかい雰囲気に包まれるから、本音が言えるんでしょうね。
    太君も少しずつ柔らかな心を取り戻せるといいですね。
    毎日、桑山さんもお疲れ様です。ご自身のケアもなさってくださいね。

  17. 阪神の時、息子は3歳になったばかりでした。一日中繰り返し放送される震災の映像。不機嫌な時間が長くなり、ぐずったりおもらししたり…
    ちょうど二人目を出産して里帰り中だったので、予定より早く慣れた自宅へ帰ることにしました。
    帰ってからは、テレビをつけないようにしたり、遊び慣れた公園で遊んだりして、落ち着きを取り戻しました。
    テレビを見ているだけで、シンクロしてしまうのですから、被災した子どもの心の苦しさは想像を絶すること。考えるだけで、胸が締め付けられます。
    遠く大口の地から今日も応援しています。

  18. 剛さん、奥様、太くん、カナダ、バンクーバーからあなた達のことおもっています。

俊まま@水戸 へ返信する 返信をキャンセル

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