浜松のステージ

 今日は浜松のステージでした。

 浜松は今広域合併して巨大都市になっていますが、静岡県西部を中心とした国際交流や国際協力の要として活発に活動しています。
 今日はそんな国際交流&協力系のイベントとしてステージが呼ばれました。
 そこにはステージの5番、ガーナ篇で語って歌っている「白き村人」こと、菅野さんもいたし、元シャプラニール、そしてJANICの事務局長だった下澤豪さん(現在は静岡の大学の先生)、大好きな協力隊OB&OGの人たちが集まって、やっぱり国際協力に携わる人々との再会はいいもんだなあ~と思っていました。
 そんな中に大桒(おおくわ)さんというお母さんがいらっしゃっていました。
 大桒さんの息子さん、拓斗(たくと)君は昨年浜松市天竜区(旧天竜町)の清竜中学校の3年生、生徒会長でした。そのはきはきとした姿勢や、学校全体を盛り上げて国際協力活動を行う姿勢はただただびっくりで、こんなにできる中学生がいるのかとまた驚いた人物なのですが、将来の夢を聞いたら、
「絶対に医者になります」
 といいきり、県内でも名門難関校の浜松北高校を目指していました。
 こういう中学三年生に出逢うと、あの救急救命士になるという夢を持ってばく進中の岐阜県飛騨高山の丹生川中学校3年、大野一慶君を思い出しますが、そんなスーパー中学3年生のひとりが天竜の清竜中3年生だった大桒拓斗君なのです。
 お母さんから手紙をいただきました。
 「おかげさまで拓斗は浜松北高校に入りました。毎日片道40kmの通学をがんばっています。あの日から、桑山さんの後ろ姿をおいかけはじめたようです。
 今日は部活の練習試合で来ることができませんでした。桑山さんにお会いすることができたら、よろしく伝えてほしいと頼まれてきました。」
 忘れられない中学生は全国にいますが、みんな、夢を持って生きています。
 そんな彼らに、幸多からんことを・・・。

桑山紀彦

浜松のステージ」への1件のフィードバック

  1. こんにちは!ウガンダからコメントしています。青年海外協力隊平成22年2次隊の高橋と申します。去年の7月に二本松訓練所でHARDROCKCAFEのTシャツにメッセージを頂きました。協力隊になる為に看護師になったというお話をさせて頂いたのですが、覚えていらっしゃいますでしょうか??今月19日に我が故郷御殿場で公演されるとの事で両親を始め、私の友人も楽しみにしています。私も行きたかったですが、それは帰国後の楽しみにとっておきます。
    ウガンダに来てから辛い事、悲しい事、楽しい事など感情を揺さぶられる事が数多くありました。それが今自分にとって一番幸せな事です。協力隊を志して7年。これらを感じる為に夢を追って良かったと思っています。やって失敗した事は山ほどありますが、やって後悔した事は一度もありません。
    ブログを拝見していて私も拓斗君から元気をもらいました。
    桑山さんを訪れる全ての人達に私からも幸多からんことを。

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