飛騨の子どもたち

今日は故郷、飛騨高山の市立日枝(ひえ)中学校の公演でした。

明日の高山市立国府中学校は2年目となりますが、その前の日に同じ高山市の日枝中学校が入って、ほんとに嬉しい限りだったのですが、実際に懐かしい日枝中に入ると、なんともいえない感慨が襲ってきました。

この学校はうちの母親が8年間にわたって保健室の先生(養護教諭)をしていた学校で、その時中学生だった僕は相当荒れており、いつもお袋が呼ばれるときはこの「日枝中から飛んできた」と言われていたことを思い出しました。

そして夏休みは、この日枝中の保健室で勉強していたりしたのです。たぶん、学校は自分の家よりも少し涼しい感じがしたんでしょうね。今思い出すとそんなことばかりが蘇ります。

85歳になった母も元気に今日聴きに来てくれて、石原校長先生とも深く懇談していました。今の校長先生もその時この日枝中で若き教員として働いていたそうです。

故郷はそんな「人のつながる想い出」にあふれています。

そして廊下では会う度にはきはき挨拶する生徒さんたち。フィリピン篇「還ろう」では自発的に手拍子がでて思わず感動してうまく歌詞が歌えなかったり…。

最後の生徒会長竹内君の挨拶もまた素晴らしく、

「今日僕が学んだことは、”ありがとう”という言葉でつながれれば、世界は絶対によい方向に変わる、ということでした。日枝中もいつも”ありがとう”の言葉を大切にしています。」

素晴らしい!

そんな竹内君が校長室の前を通りかかったから大変。保護者のお母さんたちや先生たちに囲まれてしばしまた懇談となりました。そして彼が書道を究めて、総理大臣賞を取ったりしていること、できれば医師になりたいと思っていることを話してくれました。

「じゃあ、頑張って医者になって一緒に働こうね!」

というととてもうれしそうにしてくれました。

素直な飛騨の子どもたち。

飛騨の宝もの。

一旦は飛騨を離れることがあってもちゃんと戻ってきて、この飛騨の地を支えてほしいと思いました。

校長先生も、

「できれば、また来年呼びますね!」

と一言。嬉しいですね。

明日は2年目の国府中学校です。

久しぶりに連続公演で読んでくださっている国府中の保護者の皆さん、先生方に感謝!

桑山紀彦

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