ミャッセ・ミャー村~その2

ミャッセ・ミャー村の小学校には1年生~5年生が勉強しています。

 ミャンマーの学校は小学校が1年生~5年生、中学生が1年生~4年生、高校生が1年生~2年生、つまり5-4-2の11年生です。来年から小学校が5年生になると聞いていますが、現状では11年生が高校2年生で最年長となります。ただ5歳で小学校1年生になるので、11歳で中学校1年生、15歳で高校1年生、17歳で場合によっては大学1年生になる計算です。日本とずいぶん違います。

 ミャッセ・ミャー村の小学校で驚いたことは、1年生は30人ほどいるのに、5年生になると11人と激減することです。途中で学校をあきらめて働き始めていました。それでも、先生方は一生懸命で、残っている子どもたちをなんとか中学校へ上げたいのですが、思うような進学率にはなっていません。中学校の進学率は約30%なのです。

 そしてこの村から歩いて1時間ほどのところにある中学校に行きました。そこには実に20の村から子どもたちが集まっており、学年100人、4学年で400人を超える子どもたちが勉強していました。一番最初に感じたのが、子どもたちの表情の違いです。

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 村の中の小学校最高学年の5年生と、この街の中の中学校の1年生は1年間しか離れていないのに、表情がまるで違うのです。そう人間としての「表情にあふれている」中学生の姿がそこにありました。

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 村の中の小学校ではみんな一様に同じような顔で「辛い勉強を強いられている」感じなのに、中学生になると「生き抜こうとしている」感じなのです。それはすなわち、パオ族の村を出て、他の多くの村や民族の子どもたちと出逢い、刺激されて自分を確立しようとしている姿でした。イェイェさんがいつも言っている、

「村の中だけでは狭い世界。ちゃんと広い世界を見て自分を発展させていかないとだめだ。」

 その意味が見て取れました。だからこうして離れていても中学校に通う意味があると思うのです。人としての成長の度合いがまるで違う。なんとしても中学校へ進学するべきだと思いました。

 ミャンマーの子どもたちは必死に勉強します。勉強はかなり「詰め込み型」でスピードが速いし、大学への入学が日本よりも1年早いので結構量も多いのが現状です。それでも勉強すること、進学することが自分将来の可能性を広げていくと信じて、子どもたちは日々努力していきます。

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 高校生たちはイェイェさんを理想としています。みんな口々に、

「イェイェ姉さんのようになりたい。」

 といいます。それは、ただひたすらに努力で自分を支えて進学を勝ち取ってきたイェイェさんの姿に自分将来を写し出しているのでした。

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 そんな中に、イェイェさんの妹、キンテ・スさんがいました。現在13歳。中学校3年生になります。得意な教科は地理、趣味は歌と踊り、そして将来の夢は医者になること。どんな医者になりたいか、と問うと、

「何でも診られる医者になって、自分の村に帰りたい。村のために働きたい。」

 5キロという距離かも知れないけれど、一旦村を出て外から自分の村を見た時、そのありがたみが解っているのだと思います。姉の背中を見て大学を志す妹。イェイェさんは誇らしげにその言葉を聞いていました。

 ちなみに好きな言葉は、

「悪いことの次には、必ずいいことがある。」

 う~ん、中学校3年生にしては渋い座右の銘でした。

 明日は、そんな学校の中で進学を志す4人の高校生の本音と、パオ族、タオヨ族、ダンヌー族の村が共同して行っている植林事業のお話です。

 

桑山紀彦

ミャッセ・ミャー村~その2」への1件のフィードバック

  1. 人としての在り方や、社会通念を育む教育の大切さ、それが正しく明るい世界を作る基礎です。
    食べることで精一杯の環境で、それを変えたいと意識強く持つ人が居るのに救われます。
    それを変えていくことに着目した地球のステージの支援活動は意義深いものです。
    もの凄い根気と長い時間がかかることと思いますが、ミャンマーの一角に変革の芽が芽吹く日を期待します。

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