活動記録~その4

今日は、「子ども会議」2日目。
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 昨日にもましてたくさんの子どもたちが集まってきてくれています。

 今日も「子ども会議」なので、トイレ問題から始まりましたがびっくりしたのは次に出された問題が「家」だったことです。これはとても「直接的な」テーマです。
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 実に既に家に住めない人が5人、片付ければ住める人が13人、既に住める人が3人。とても大変です。そしてこの話題になるとみんなシーンとしています。そう、とっても重い内容なのだということがわかっているわけです。
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 それでも、ペンションの自宅が全壊した千陽菜(ちひな)さんは、ちゃんと語ってくれました。自分がどんな目に遭ったのか、そして家はもうあきらめていること、今後は仮設住居に入る予定だけれど、それがいつになるのか全然わからないこと。みんなシーンと聞いていました。

 子どもたちも大変な思いを抱えています。
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 もうひとり、家には住めないと手を上げたのが杏太郎君でした。京太郎君は西小学校の4年生。でもはっきりと自分の意見をいうまっすぐな小学生です。彼も家はもうだめだと思うと語ってくれました。

 そして描画に入っていきました。今日のテーマは「大好きな故郷」というテーマ。みんな何を書くかなあと思っていましたが、どんどん筆が進んでいきます。そして出てきたたくさんの絵。阿蘇山、白水水源、白川…。みんなかつて美しかった故郷の風景を描きましたが、すごいなあと思うは発表の時間の時、

「僕は、今回の地震で多くのものが壊れてしまったけれど、その前の美しい阿蘇の自然を取り戻したいので、この絵を描きました。」

 とはっきり意見をいってくることです。強い意志です。

 中でも涙が出たのは、千陽菜さんの言葉。

「私は、阿蘇大橋から見える風景を書きました。阿蘇大橋は今回の震災で落ちてしまいましたが、もう一回そこから風景を見えるようになることを祈って、この風景を書きました。」

 虹色の滝が描かれていました。

 いつかもう一回橋が架かり、それが見られるようになることをみんなで祈りました。

 素晴らしい阿蘇の子どもたち。

 厳しい現状をしっかりと受け止め、それでも夢や希望を語る。これが周りの大人を勇気づける大きな力となります。

 この様子は6時台のNHKニュース、そして22時の「報道ステーション」で放送になる予定です。是非ご覧下さい!

 こうして怒濤の立ち上げが終わっていきました。

 まずは3日間、立ち上げとしては完了したと思います。あとは、後続の医師と、桑ちゃん、つかささんに一旦任せて東ティモールに入ります。これから荒木先生、阿部先生と精神科医がつながっていくし、桑ちゃんのヨガやつかささんのヒップホップも浸透していくように思います。

 当面桑ちゃん、つかささんが常駐し、精神科医が交代で入っていきます。

 医師の派遣やこちらのロジスティクスで相当のお金を使いました。皆様の募金で支えられております。これからもご支援よろしくお願いいたします。

 

桑山紀彦

活動記録~その4」への3件のフィードバック

  1. 「こども会議」大きな効果がありそうですね。
    子供たちはよく見ている。よく知っている。
    「大人は支援物資を選り好みする」。子供は「仕切りを低くすればよい」大人は高い仕切りと屋根付きの段ボールを欲しがるニュースを見ました。
    この緊急時に、避難場所を住みよくしようと考える子供と苦痛を訴える大人の違いは何を意味するのでしょうか?
    ~複雑な思いです。

  2. 桑山先生が、おばあさまに顔を近づけ、優しい眼差しで、心から話しを聴いておられる様子をテレビで拝見し、感銘を受けました。
    被災地の方々には、先生のように寄り添われるお心が何よりものお薬ではないかと思います。
    私事ですが、もう15年近く心療内科に通っておりますが、医師達は事務的に短くメモを取り、こちらの顔を見る事もなく、質問や訴えは素早く打ち切り、処方箋を書いて私達は追い出される、すなわち医師に迷惑をかけてはいけないという無言の圧力への対応が身についているため、こちらも根本的な悩みなど、したくても相談した事もありませんでした。
    精神科医に期待をしてはいけない、すなわち、薬以外に力は無いのだ、と思い続けて来ました。
    しかし、いつか、先生のような医師に出会い指導を受けて、元の強い心に戻ってみたい、と初めて希望を持ちました。
    精神医療界、見直しました。
    熊本の皆さんに癒やしが訪れますように。
    先生、お身体にどうぞお気をつけて。

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